お嬢様とかくれんぼ
上は大騒ぎだ。隣に待機してるであろう男を呼び出す女の甲高い声。狼狽する男の声。2人は緊張した面持ちで耳を傾けた。
「おい、見ろよ、窓が開いてるぞ」
「なに?!逃げたってのかい?!なんでだ!どこでバレた!」
かなり取り乱しているのが床下からでも伺える。クロは笑いを抑えるのに必死だった。
開いた窓はフェイク。外に行ったと見せかけて、犯罪者たちを外に誘導する罠だ。そのまま、外に注意を向けてくれ、とクロは切に願った。
「おいどうする!荷物も全部ねえ!あいつら逃げだぞ!厩のところか?!!」
「……いや、待ちな。何かおかしい」
女の声が、やけに鋭く聞こえた。
「分かりやすく窓が全開になってる。鍵は無理だろうが外からでも窓は閉められるのに。目立ちすぎる。それに1人はココアを飲んでるんだ。ガキを抱えて行ったならそれなりに物音もしただろうに…」
勘が鋭いのは、長年の悪行のせいか。女の考察にクロは冷や汗をかいた。
「と、いうことはどういうことだ?」
「……まだこの部屋の中にいるんじゃないか?」
驚いた。思ったよりも女は頭がキレるらしい。答えに辿り着くまでの推理は見事に正解している。
「おいおいおいおい、マジかよ」
「可能性は高い。小さい子供2人の体力を考えれば逃げるよりは隠れる方を選ぶだろう」
流れが変わったのは明らかだ。興奮を抑えきれない大人たちの鼻息が床下からでも伝わる。
「ほれほらほーれ、どこにいるんだい?」
トン
トン
トン。
どこかを叩いているのだろうか。
音が反響して聞こえた。
カトレアたちを出迎えてくれた女が杖を持っていたことを思い出す。老いてはいたが足が悪いようには見えなかった。それが何を意味するのか、カトレアは気づかないが、クロには察しがついた。
「出ておいでえ。怖がらなくていいんだよ」
ドン
ドン
ドン
次第に力が入ったように音が強く響いた。
カトレアは祈るように手を合わせ、クロは震える少女の肩を抱き寄せたまま瞳を閉じた。
やれることはやった。
あとは、ただ静かに時が来るのを待つだけだ。
その間にも頭上では、天井を叩き。壁を。床を。棚を。ベットを。宿屋の主は杖を使い、室内のありとあらゆるところを叩き出していた。
ドン
ドン
ドン
コン
「おや?」
カーペットのあるところを杖で叩いたのだろう、変な音が反響した。
「…ああ、そういえば、ここは備蓄用の床収納があったんだね。しばらく使ってないから忘れてたよ」
「!…おい、じゃあここを開ければ…」
ゴソゴソと布が擦れる音が聞こえる。男がカーペットをめくったのだろう。下品な笑い声も聞こえる。
「ひっひっひっ。お嬢ちゃんたち、こんなところで何をしてたのかなあ??おじさんたちを手間取らせないで…くれよ!!!」
ガタガタッ
大人たちの笑い声と床の戸を開ける鈍い音が遠く聞こえる程、カトレアとクロの心臓の音は激しく響いた。無意識に2人は手を繋いだ。
「……あ?」
こんなに苦しい気持ちになったのは初めてだ。
「おい!!いねえじゃねえか!空っぽだ!」
「なんだって?!!!そんなはずはない!ちゃんと調べたのかい、でくの坊!!」
「ああん?その老眼でちゃんとみやがれクソババア!!」
「誰がクソババアだって?!!私の頭がなかったらあんたなんて、おこぼれすらも貰えない低脳のくせに!!!」
ーーー床下収納の中は、空っぽだ。