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「…………」
背中に隠れていたクロが静かに姿を見せた時、カトレアは絶句した。
何故かクロは修道服を着ていた。特徴的な黒髪は女性用の頭巾で隠されている。いつの間に着替えたのだろう。演技とはわかってるもののクロの憂いのある表情は、修道服と妙にマッチしていて。あまりの美しさについカトレアは見惚れてしまった。
「おや、妹さんは見習いのシスターでしたか。これは失礼を。足を止めてしまい、申し訳ありません」
修道に身を置く人々は異性との交流を厳しく取り締まっている。規則については周知の事実なため、騎士はすぐさま謝罪を述べた。
「わ、分かればいいの。それじゃあね」
我に帰ったカトレアは、そのまま御者に合図をして馬車を急がせる。
窓から後ろを見るとまだこちらに礼をしたままの騎士がいる。さすがにもう疑われていないようだ。
どっと疲れが押し寄せ、カトレアは盛大にため息をついた。
「何事かと思ったわよ。クロ、その服はどうしたの?」
「……袋に入っていた」
ブリリオの女店主に渡された大きな袋を指差すクロ。
オーダーメイドの服の中に修道服を忍び込ませるなんて、失礼にも程があるとカトレアは怒りそうになったが、そのおかげで危機を乗り越えたのもまた事実。カトレアは複雑そうに顔を歪めた。
「……ダメだった?」
首を傾げカトレアを見つめる少年。心なしか瞳も潤っているように見える。澄んだ眼差しを受けたカトレアは狼狽した。
「だ、ダメじゃない…お父様に会うまではその格好でいましょうね」
クロは素直にこくりと頷く。
おそらく人通りの多い隣街も騎士が出向いているだろう。クロを隠しつつ、父親に会うことができるのか、カトレアは途端に不安に駆られた。
「…クロ、騎士様たちが黒髪の少年を探している理由に何か心当たりがある?」
過去を語らないクロのことだ、おそらくこの質問も答えないだろう。分かりきっていたけれど、それでも聞くしかなかった。
クロは首を横に振る。
「……クロ」
「…………いつか……」
「……」
クロは話すのが遅く、静かだ。まるでそこだけ時間が止まったような感覚になる。カトレアは何も言わずにクロが話すのを待つ。その時間が不思議と苦に感じない。
「……いつかは、話すから…」
「ありがとう。…クロ」
クロの瞳は宝石のように綺麗だとカトレアは常々思っていた。光によって色が変わるその瞳は彼の意思が強く宿ってるような生命力を感じる。驚いたことに奴隷として初めて会った時から、その瞳の輝きは失われてはなかった。
クロの意思は宝石のように硬く、誇り高い。だから下手なことを喋らない。だから、カトレアはクロを信用していた。
「騎士様たちのせいで、ずいぶん時間が取られちゃったわね~。せっかく朝早くから出発したのに。野宿になったらどうしようかしら」
不安が吹っ切れたカトレアは背伸びをして、また外を眺める。クロもまた、マップを広げて時間を潰した。