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孤児院を出発して、その日は街の宿屋に向かうことになった。最終目的地へ急ぐには、今日はあまりにも暗い道のりだからだ。
帰り道、お土産にもらったお菓子の詰め合わせを抱えながらクロとはカトレアは歩いた。
「素敵なところだったでしょう?少し前から自分ができる範囲で孤児院を応援してるの。知ってるのはメイドとあなただけよ、クロ。他の人には言わないようにね」
「……」
「子供たちには面と向かって会ってないの。だから今日のお祭りで楽しそうにしてる姿を見れて良かったわ。街の屋台に正当なお金を払うのも巡り巡って孤児院や街のためになるのよ」
「……れ」
「え?」
「……俺、孤児院にいれられるの?」
カトレアは立ち止まった。周りは屋台でたくさんの人の賑わいがある。しかし2人の周りだけ静かな時間が流れていた。
「ううん。それは違うわ、クロ。私はあなたを孤児院に入れるつもりはない」
カトレアは真っ直ぐにクロを見つめた。
「私はね、クロ、あなたに選択肢があることを知って欲しくてあの話をしたの」
クロの透明な瞳がカトレアを見つめ返す。澄んでいるはずの瞳は、少しだけ静かな暗闇を抱いていた。
「クロ、あなたはこのまま屋敷に残りたい?それとも自由に外で暮らしたい?
屋敷に残るなら、このままお父様のところへ目指す。
自由になりたいなら…孤児院に行くのも手だわ。あそこは支援の甲斐もあって学業に力も入れてるし、不便はないはずよ」
ぬるい風が2人の間を通り抜ける。
「私はね、毎日のようにクロと遊びたいし、たまにはこうやって街へ抜け出したい。あなたに良い服を着させたいし、美味しいものを食べさせたい。これは私のしたいこと。だけどね」
「……」
「クロは、そんな毎日を望む?」
少年は答えない。少女は続けた。
「……事情をお話しすれば、優しいお父様はきっとクロのことを容認してくれるわ。お父様が嫌いなのは奴隷ではなくて、それに関する規則についてだから。そしたら屋敷の使用人は金輪際クロを悪く言うこともない。クロは私の友人として一緒に暮らせる。
…けど大人になったら、正直分からない。私はきっと親が決めた婚約者と結婚して、屋敷を出ることになるから。
そうしたらクロはどうなるのかしら。クロの手元には何が残るのかしら。…私は無責任にあなたの人生を停滞させることになるわ」
「…………」
「だからクロが決めて良いよ」
「…………」
「……ごめんなさい。急にこんな話をされても、困るわよね。今はまだ答えなくて良いわ。…ただ頭の隅にでも考えてて欲しいの。あなたの未来のこと。自分自身で」
「……」
「私は、クロの意見を友人として尊重するわ」
「……それは…」
遠くで花火が上がる音がした。祭りのフィナーレだろう。人々は最高潮の盛り上がりを見せている。周りの歓声にクロの声はかき消されてしまったが。
「え、何て言ったの?クロ」
「……」
クロはカトレアを振り切り、黙々と歩き出した。カトレアも慌ててクロの背中を追いかける。
派手な音を立てて空を彩る花火。役目を終え消えかける花火の残骸を気にする人はいない。人々の目に映り、記憶に残るのは華やかな大輪の花だけだ。