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「小説でしか見たことなかったけど劇もいいわね。特にくるみ割り人形が王子様に変身をしてお菓子の国に招待するところが特に良かったわ!不思議とワクワクするのよねえ。ね、クロはどうだった?」
劇が終わった後も興奮冷めやらぬ様子のカトレア。クロはいつも通りの真顔で口を開く。
「……良かったと思う」
「そうよねそうよね、ねえ、お爺様!」
「おや、劇を見てくれたお嬢ちゃん。どうしたんだい」
カトレアは笑顔で劇の立役者であるお爺さんに話しかけると…その手に掴んでいたモノを手渡した。
じゃらじゃらと音を立てるそれはお金の入った袋だ。
「お爺様の劇は素晴らしかったわ!これは、心ばかりのお礼よ。受け取って!」
「…?!」
「なんと…?!」
カトレアの当然の奇怪な言動にクロとお爺さんの2人が驚愕した。
「お、お嬢ちゃん、見学料は取ってないよ。どうしてもと言うのならコイン1枚で充分だ…」
「何故?これは私の気持ちよ。正当なお礼だから遠慮することはないわ」
「しかし…」
正当なお礼にしてはこのずしりとした重さは異常だ。ただ困惑するばかりのお爺さんと断固として返品を拒否するカトレア。お爺さんはせめてもということで妥協案を出した。
「そ、それじゃあ、このお金でお菓子を買って子供達に配ろう。お嬢ちゃん、それでいいかね?」
「それは素敵なアイデアね!お爺様は子供のヒーローだわ!」
クロはその様子を眺めながら、ふとメイドのことを思い出す。カトレアの突拍子もない行動にいつも振り回されているであろうお付きのメイド。彼女がいれば、今回もきっとカトレアの行動を制したであろう。お目付役の大切さが身に染みるクロであった。
「あら、クロ。もしかして呆れてるでしょう?でもね、理由があるのよ。街の人にお金を渡すのは」
クロの考えることが伝わったのか、カトレアは説明を始める。
「前にクロたちと街へ出た時、行きたいところがあるって言ったでしょう?そこに行けば分かるわ。寄ってもいいかしら?」
奴隷が飼い主にNOと言えるはずがない。それでもカトレアはクロに了承をとる。と言っても結局カトレアの中で答えは決まっているのだが。
「すぐ裏にあるの!行きましょう!」
カトレアはクロの手を取って歩き出す。周りの賑やかさを背にして進むと、次第に人気のない裏道に入ってしまう。
カトレアの歩みは裏道を出た広場で止まった。広場には、子供が遊べるような遊具がポツポツあり、奥には煉瓦造りの家が一軒が見える。当然、表で祭りが開催されてるため、子供の姿は見えないが、2人の女性が広場のベンチに腰掛けていた。
「…あら、もう帰ってきたの?」
女性たちがこちらに気づいたようだ。2人とも同じ簡素なワンピースを着ている。
「私よ、管理人さん」
どうやら顔見知りのようだ。カトレアが話しかけると、女性たちは驚きの声を上げる。2人の女性はカトレアとクロを囲む。
「足長お嬢ちゃん!心配したのよ、この前来るって連絡が来たのに来なかったから…」
「ごめんなさいね。立て込んでたのよ。子供たちはさっきお祭りで遊んでるのを見たから今回はそれで充分だから。挨拶だけしとこうとも思って」
「そう…今日は年に1回のお祭りだから子供たちもはしゃいでてね…あなたのおかげで遊びに行ける程度のお小遣いも渡せたの」
「改めてお礼を言わせてほしいわ。孤児院の運営への協力、本当にありがとう。…あなたが、自分の身分を語りたがらないからあえて足長お嬢ちゃんなんて言ってるけど…いつかちゃんとあなたを子供達に紹介できたらいいなと思ってるのよ」
2人の女性がカトレアに心の底からの感謝しているのが伝わる。カトレアは照れくさそうに笑う。
「改まったお礼なんてなんて私が言わせてるみたいで嫌だわ。私が好きで勝手にやってるだけだから」
孤児院、その言葉が出た時点でクロはなんとなく察しがついた。2人の女性は孤児院の運営者で、カトレアは目の前に立つ施設を陰ながら支援しているのであろう。内容から見て、メイドもおそらく共犯だ。クロは彼女たちの会話を静かに眺めることにした。
ふと女性たちがクロをチラリと見た。カトレアは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。
「今日はね、友人と来ているの。いいでしょう」
ご機嫌そうに話すカトレアに2人の女性は穏やかな笑みを浮かべた。
「あら、紹介してくれてありがとう。よっぽど仲良しなのね」
「そうだ、せっかくだから少し施設に寄らない?お茶をご馳走するわ」
この光景を見た人はきっと微笑ましい、と口にするだろう。2人の大人は可愛らしい2人の子供を家族のように暖かく歓迎した。