お嬢様と執事
カトレアは憤慨した。必ず、かの権威を振りかざす執事を除かなければならぬと決意した。
とどこかの小説で見たような始まりは置いといて…
「私、屋敷を出るわ!一緒に外で暮らしましょう!クロ」
カトレアの唐突な提案にクロはただ困惑するばかりだった。
今は屋敷の離れの部屋。クロの腕の怪我をカトレアはその手当てをしながら息巻いている。
怪我をさせたのは例の執事だ。
「本当に許せない。いきなり襲いかかって蹴り飛ばすなんて!クロが受け身を取らなかったらもっとひどいことになってたわ…!」
クロは大人しくカトレアの手当を受けていた。
「一生の怪我が残ったらどうするの?!」
そう訴えるカトレアの目にはうっすらと涙がたまっている。
「……俺、別に平気だけど。残っても」
屋敷の使用人たちが集められてるため今は2人きりだ。シャイなクロもようやく口を開いた。しかしカトレアは納得していないようだ。
「あなたが良くても、私は嫌なの!だってあなたは私の友人なんだから!」
「奴隷、の間違いですよ。カトレアお嬢様」
涼しげな声が部屋に響く。いつの間に部屋に入ってきたのだろう。振り返ると執事のセバスとカトレア付きのメイドと目があった。
「…セバス」
「ああ、お嬢様からようやく名前を呼んでいただけました。身に余る幸せです。お嬢様がいるとは知らずにノックせずに入室した私をお許しください」
しなやかに一礼をする執事。その動作ひとつひとつが丁寧だ。普段のカトレアなら綺麗なその所作に「なんて美しいの」と賛美を溢すことだろう。しかし
「…奴隷風情の部屋に入るのにノックなんてする必要がない、そう判断した私の落ち度です。今回ばかりは」
カトレアは充分この執事が歪んでいて美しくない事を知っている。迷惑そうに顔を歪めるカトレアに執事はニコニコと話を続けた。
「お嬢様は本当に天使のようにお優しいです。わざわざ奴隷の手当をするなんて。お申し付けくだされば私めが手当をしたのに」
「信用できないわ。あなたのことだからどうせ、化膿薬と偽って自家製の怪しい薬でも塗り込むでしょうね」
「お嬢様!私が普段から薬を作ってることをご存じなのですか?…ああ、なんたる幸せ!」
「……もう嫌だわ」
全く通じない。
カトレアは屋敷内で唯一、この執事を心の底から嫌っている。