メイドの憂鬱
執事のセバスの帰宅に屋敷内は騒然としていた。ざわつく使用人たちの中心に立つセバスは困ったように笑う。
「事前に手紙を先に送っていたのですが…どうやら私の方が到着が早かったようですね」
セバスが屋敷に足に踏み入れたのと配達員が手紙を届けにきたのはほぼ同時だった。
「まあいいでしょう。皆さん、明日から私が責任者として管理を取り仕切りますのでよろしくお願いします」
返事をする使用人たちの顔は明るい。多忙な主人とともに屋敷を空けていた執事のセバスは、名実ともに使用人の統括責任者として慕われる存在だ。彼の帰宅に多くの使用人が喜んでるのが見てわかる。
一同が歓迎ムードの中、暗い顔をしているメイドが1人。
「おや、ケイト。浮かない顔をされてますね」
「…いえ、そんなことはございません。長旅、ご苦労様でした」
セバスが声をかけたのは、カトレアのお付きであるメイドだ。メイドは苦虫を噛み潰したような顔で労いの言葉を執事にかけた。
「んふ、セバス様、この子は調子が悪いようですの。なんせ、あの件で手を焼いてるみたいで…あ!」
図々しくも話の輪に入り込んだのは、メイドと不仲の使用人だ。朝まではつけてなかったはずの香水の匂いを撒き散らしながら猫撫で声でセバスに近づく。
「あら嫌だ、余計な事を言ってしまったかしら?んふ」
白々しい使用人の態度にメイドは心の中で中指を立てた。セバスは首を傾げる。
「あの件、というのは…?」
「んふ、私から申し上げて良いのか…」
勿体ぶったようにこちらをチラチラと伺う使用人。ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべてる。なんて下品な顔。メイドは小さくため息をついて口を開いた。
「…ええ、大丈夫よ。というか、例の件はもう執事様は解決のために動いているから」
メイドの説明にピンときたセバスはニッコリと笑った。その笑顔に遠巻きで見ていた女性従業員から黄色い声が上がる。しかし騙されてはいけない。
「ああ、あの汚らしい奴隷の件だね!もちろん、お嬢様に近づくドブネズミはすぐに排除するよ」
まともそうに見える人ほど、中身は黒く、非情なのだ。
爽やかな笑顔からは想像もつかない毒のある言葉。おそらく執事の暴言に免疫がなかったであろう使用人は、若干引いたような顔で「あ、あらあ、流石ですわセバス様…んふ」とそれでも媚びる姿勢を崩さなかった。ここまで突き通せるなら立派なものだ。
カトレア付きのメイドは、憂鬱な面持ちでため息をつく。
さすがのメイドも今回ばかりはカトレアに同情するしかない。
何故なら一見、完璧に見えるこの執事は、実はかなりの変人で残虐的な一面があり、
「許せないよね、あんな素晴らしい国の宝のようなお嬢様に厚かましくも奴隷という立場でおそばに置いていただこうなんて!ねえ、ケイト、今から案内してよそのゴミクズのところへ!早く身の程を教えないと!」
おまけに超人的なほどまでにカトレア大好き人間なのだから。