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「さあ、採寸は終わったよ。あとは作品を作るだけさ。出来上がり次第あんたんとこの屋敷に送るから。さあ帰った帰った。」
採寸を終えたクロと女は何故かどちらも疲れが溜まってるように見えた。
通常なら、ここから細かいリクエストを聞き、デザインを決める工程があるだろう。しかし変わり者の女店主は、そんなものは不要だとでもいうかのごとく、雑にしっしっしと手を振る。
「ありがとう。楽しみにしてるわ、あなたの作品。今度も私の目に叶う美しいものを期待してる」
カトレアもまたその対応に慣れているらしく、特に気にする様子もなく、別れの挨拶をした。
1番の目的である服の採寸が終わり、次の予定のため、馬車に乗り込もうとする3人。不機嫌なクロに機嫌が良さそうなカトレア、メイドも心なしか穏やかな顔をしている。平和だな、とカトレアは思った。
「おすすめのパン屋さんがあるのよ!クロにぜひ食べてほしい!でもその前に行きたいところがーーー」
「ーーーお嬢様、随分楽しそうですね」
涼しげな声が、聞こえた。
「…え…」
「…あ…」
馬車の裏からゆらりと揺れる影。いつの間にいたのだろうか。声の主である細長い男がこちらを見て微笑んだ。
カトレアとメイドはただ呆然と男を見ていた。まるで幽霊でも見ているような顔で。先程の件で不機嫌になっていたクロも、異様な雰囲気に気づき、ただ困惑の表情を浮かべるしかなかった。
「な、なんであなたが…」
メイドの問いに男は答えない。
銀縁メガネをかけ、黒いジャケット姿の細長い男は、コツコツと音を立ててこちらに近づきーーー
「お久しぶりです、旦那様の言いつけでこの不肖セバス、お嬢様のお世話係として帰ってまいりました」
カトレアの前で膝を立て、忠誠を誓うように手を胸の前にかざした。
「……セバス。帰ってきたのね」
肝心のカトレアは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
セバスと名乗る男、彼は執事だ。カトレアが住む屋敷の管理を主人から任されている。もちろん主人の大事な娘であるカトレアにも敏腕な執事は敬愛を示し、微笑みを向ける。しかし
「ーーーところで」
執事の視線は、メイドの隣に立つクロを捕えた。
「そちらにいる薄汚いネズミは、一体何でしょうか?」
「あっ…」
カトレアとメイドが口を開けるその前に執事は動いた。早い、と思った瞬間にはもう遅かった。
「クロ、逃げて!」
カトレアの必死の声と執事がクロを蹴り飛ばしたのはほぼ同時だ。
「まさか、奴隷嫌いの旦那様がいるにも関わらず、奴隷をお飼い遊ばれた、なんてことは…ありえませんよね、お嬢様?」
銀縁メガネをカチャリと掛け直す執事は、いま自分が制裁を加えた生き物を軽蔑するように見下ろした。