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街に入った時の合図である鐘の音が聞こえる。真っ先に目につくのは、名物の商店街だ。道の脇をカラフルに彩る出店と行き交う人々の賑わいの様子は馬車からでもはっきりと見えた。
街に入ってから分かりやすくそわそわするカトレアは隣の友人に話しかけようと開きかけた口を閉じた。意外にもクロが興味深そうに街並みを眺めていることに気づいたからだ。カトレアは大人しく馬車が目的地に着くのを待った。
「お嬢様、着きましたわ」
メイドの一言と共に馬車は停止する。カトレアは待ってましたと言わんばかりに真っ先に馬車を降りた。
「さ、どうぞ、クロ。段差があるから気をつけて」
「…」
優雅な動きで手を差し出すカトレア。クロは一瞬顔を歪めたが、無言で、差し出された手を取った。続いてメイドも降りる。
3人が降りた目の前には煉瓦造りの古びた建物があった。扉に嵌め込まれたプレートには『ブティック・ブリリオ』と書かれている。どうやらこの店でクロの服を買うつもりらしい。カトレアが先陣を切ってドアを開けた。
「おばさま!オーダーメイドの注文は受け付けてるかしら?」
カランコロンと扉の開く音とカトレアの明るい声が店内に響き渡る。
奥のカウンターからのそのそと動く影が見えた。店内が薄暗いため、はっきりと姿は見えないが確実にこちらに近づく気配がする。
「はあ…誰だい、朝早くから…この店はオーダーメイドしかやってないよ…ん?……ああ、街外れの屋敷のガキかい」
影が喋った。確かに影の言う通り、狭い店内には大きな布類のみで、肝心の服らしきものが置かれてない。今どき珍しい完全オーダーメイドの店のようだ。
「…あーああ、せっかく気持ちよく寝てたのに」
小さい窓から光が差し込んで影の形がはっきりと見えた。妙齢の女性が腰をさすりながら別の手で杖を掴んでいた。どうやら彼女がこの店の主人らしい。
「まあ、せっかく礼儀をもって買い付けに来てるお客様に失礼な態度ね。しかももうお昼前よ、おばさま」
「わしが起きてしばらくはずっと朝なんだよ、ガキのお客様。ああ、お付きさん。ガキのお守りは大変だねえ」
「マダム、お元気そうで何よりです」
驚くべきことに女店主は美しい容姿に反して声がしわがれていた。しかしカトレアとメイドは気にもとめずに会話をしている。この中でただ1人、クロだけが困惑の表情を隠せずにいた。
「さて、今日はどんな服をご所望で?パーティドレスかい?それともネグリジェ?」
「今日は私の服じゃないの。クロの服を作って欲しいの」
「……クロ?また猫でも飼ったのかい?」
そこでようやく女店主は、この場に見知らぬ人間が1人いることに気がついた。カトレアの後ろに隠れるように立つ子供と目が合う。
「……ははーん」
女店主はニタァと口角をあげた。