お嬢様、街へ出る
「そろそろクロにもちゃんとした服を着させるべきよね」
自室で朝食を食べるカトレアの発言に後ろに控えてたお付きのメイドは、首を傾げた。
「充分綺麗なお召し物を与えてるじゃないですか。クロにはもったいないぐらいです」
「嫌よ。全部私の昔のお下がりじゃない。クロは今にきっと大きくなるわ、男の子なんだもの。今のうちにサイズをきちんと図って適切なものを着せるべきよ」
確かにクロは昔のカトレアが着ていた服を着用している。女性物を男が着るなど通常なら問題にもなりそうだが、見目だけは良いクロは意外にも違和感なく着こなせていたため、恐ろしいことに誰も特に触れてはいなかったのだ。一方でカトレアがこうして意見を投げかけるのもメイドは予想していた。
「それでしたら…例の件の際にでも…訪ねましょうか」
メイドがひっそりと耳打ちするとカトレアは、キラキラと目を輝かせる。
「そうね、手配は頼んだわ。…分かってるわよね?」
「…ええ、全ては内密に。このメイドにお任せくださいませ」
お嬢様とメイドの秘密の会話を他の屋敷の人間が知るはずもなく。仕事を任されたメイドは粛々と準備を進めた。
場所は変わって、屋敷から少し離れた道にて。派手ではないが造りの良い馬車が馬に轢かれゆらゆらと揺れていた。
「クロ、もう少しで街に着くわよ!」
馬車に乗るのはやけに上機嫌なカトレア、隣に座るクロ、そして向かいに座るメイド。一行が向かうのは、屋敷から1番近い街である。
「とりあえずあなたの服を買うでしょ、で、要件を済ませたら街の案内をしてあげる!楽しみね!」
嬉々として今日の予定を立てるカトレアはクロに同意を求めた。しかし肝心のクロはずっと無表情のまま、窓から外の景色を眺めている。場所が変わっても2人の関係は屋敷と変わらない。しかし今回ばかりは、反応がないのに飽きたのかカトレアも自分側の窓の外を大人しく眺めた。
ちょうど梅雨が明けた時期なため、木々が一層瑞々しく感じる。森のトンネルを抜けたら街はすぐそこだ。楽しい気持ちを抑えられずにカトレアは足をブンブンと揺らした。