パラボラアンテナ
彼女から言葉をもらって、僕は少しずつ変わった。
授業にも出るようになった。
気になっていたゼミにも顔を出してみた。
「なんとなく好き」だった文章を書くことを、真剣に考えるようになった。
もちろん、まだ何者でもない。
自分がどこに向かっているのかなんて、はっきり言えるわけじゃない。
でも、あの古本屋で彼女と重ねた言葉たちが、
僕の“地図のない道”を照らしてくれていた。
ある晩、思い立って小さな短編を書いた。
大した話じゃない。
それでも、数日後、彼女にそっと原稿を手渡した。
「読んでみてくれない?」
彼女は驚いたように、でも何も言わずに受け取った。
翌週。
ふるや堂に行くと、彼女は原稿を抱えて、僕を見て笑った。
「これさ、めっちゃ下手だよね」
「やっぱり……」
「でも、すごく良かった。
言葉に、自分の足音がちゃんとある。
不器用だけど、進んでる。……それって、すごいことだよ」
僕はその場で泣きそうになった。
“好き”って、
“得意”よりずっと先にあるものなんだと、初めて知った気がした。
春が来る頃、僕は彼女に聞いた。
「また、絵を描こうと思わないの?」
「……描こうかな」
「描きなよ。俺、君の絵見てみたい」
彼女は、黙ってうなずいた。
「じゃあ君は?」
「俺も、ちゃんと書いてみる。……文章で、誰かの背中押せるような、そんなの」
パラボラアンテナみたいに、
空に向かってまっすぐに気持ちを伸ばせたら。
そんな想いが、やっと言葉になった。
まだ何者でもない僕らだけど、
「好き」という星を頼りに、同じ空を見上げている。
どんなに時間がかかっても、
誰より不器用でも、
信じた方向へ進むことを、選びたいと思う。
そんな風に生きていきたいんだ。