なんとなくの理由
ある日、通学途中にある古本屋のガラス越しに見えた一冊の本。
なんとなく気になって、扉を押した。
「いらっしゃい」
奥から現れたのは、僕と同じくらいの年の女の子だった。
ほこりと紙のにおいが、彼女のまわりにやさしく漂っていた。
「この本、すきなの?」
「……いや、なんとなく」
「“なんとなく”は、“好き”の手前にあるって言うよ」
その言葉が、なぜか胸に残った。
それから何度も、その古本屋に通うようになった。
本のことを話す彼女は、いつも目をきらきらさせていた。
「これ好きかも」
「これの主人公、ちょっと君に似てるかも」
そんな会話が、少しずつ、日常になっていった。
気づけば、僕は少しずつ、歩き出していた。
まだ道は不安定で、地図もないけれど、
でも、心が“ちゃんと前に進んでる”って教えてくれた。
そしてある日、彼女がふと、言った。
「大学、やめようかと思ってる」
「え……?」
「やりたいこと、ここにある気がして。お店、もっとちゃんとやってみたいんだ」
一瞬、胸がざわついた。
でも、すぐにわかった。
それが、彼女の“好き”なんだ。
「応援するよ」
そう言ったら、彼女は泣きそうな顔で笑った。
「じゃあ、君も、ちゃんと走るんだよ。中途半端じゃなくて、ちゃんと」
その言葉に背中を押されて、
僕は、あの日くれたメモの続きを、自分で書き足した。
「君は、自分の好きなことに向かって歩く人になってください」
__「まだ途中だけど、少しずつ、見えてきた気がする」
夕暮れ、僕はまだ頼りない自転車にまたがって、
胸の奥の“なんとなく”を信じて、ペダルを踏み出す。
きっとまだ、始まったばかりだ。
だけどそれでいい。
迷っても、転んでも、
ちゃんと「自分」であり続けることを、今は誇れるから。