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第57話 駆け引きの行方は

 妹尾せのお邸で始まった戦いはまだまだ終わりが見えなかった。

 妹尾家の邸に集合した面々は邸を離れ、北条鬼灯ほうじょうきとう棗芽なつめの兄弟だけが残った。

 夏の日差しが照りつける中、ふたりは不敵な笑みを浮かべていた。

 すでに多数を斬って捨てたが新たに邸の中から家臣たちが湧いて現れ、その数は優に40人を超えた。

「兄上と私で残り20人ずつといったところですね」

 次々と切れ目なく現れる敵を前に、棗芽は足元に転がる刀を拾いながら言った。

 拾った刀は斬り捨てた相手が持っていたものである。

 太刀を右手に、拾った刀を左手に持って構える。

「どちらが先に敵将の首を取るか競争しましょうか、兄上」

「敵将はふたりいるようだが?」

 鬼灯は妹尾家当主だという50がらみの男と、その男の足元に膝をつく若い男を指して言った。

「あれは敦盛あつもりとかいう男です。師匠がとどめを刺さなかったせいで百合ゆり殿がまんまと我々の目の前で攫われていったのですよ。忌々しい……あの男の首は私が落としますからね、兄上」

 事情はわからなかったが棗芽が苛ついているのは目の前で百合を攫ったからということではなさそうだと鬼灯は思った。

 棗芽が娶ろうとしている者と関係があるのかもしれない。

 鬼灯が笑いを零すと棗芽は目くじらを立てた。

「何ですか、兄上。何かおかしなことでもありましたか」

「いや、おかしくはないが……嬉しいと言った方が適切かもしれぬな」

 これまで他人に興味がなかった棗芽が女子に執着しているだけでも、人として大きく成長したものだ。

 兄としてはこの上なく嬉しい。

 そんな心のうちを明かすことはなかったが、微笑みながら敵を斬る姿は棗芽にも不気味に映っていた。

「……? まあいいでしょう。では兄上、先にふたりを斬った方が勝ち、というのではどうですか」

 軽口を叩きながらもふたりの動きが止まることはなかった。

 彼らの刀は閃光のように速く空を切り、相手にもその動き見えないほどだった。

 鬼灯の纏められていない長い髪も棗芽の長い三つ編みも優雅に揺れ、まるで剣舞のようだった。

 血飛沫が飛び、敵の呻き声が聞こえる中、鬼灯は声を張り上げた。

「競うからには勝った方に褒美が必要だ。お前は何を望む?」

「そうですね……考えておきます」

「お前にしては珍しいな。また囲碁の対戦を望むのかと思ったが」

「今、1番欲しいものは決まっているのでそれ以外に思いつかないだけです。逆に兄上は何を?」

 棗芽が2本の刀を巧みに操る姿を見て、鬼灯は動きを止めた。

 彼を観察していると頭の後ろにも目がついているのではないかと思うほどの動きをしている。

 棗芽は正面から来る敵を右手の太刀で斬った。

 そこまではわかるが横から攻めてくる別の敵には左手の拾った刀で応戦している。

 拾った刀と棗芽が持っていた太刀では長さが違う分、間合いも違う。

 そのためなかなか2尺以上ある太刀を使いこなせる者は少ないが、棗芽にかかればまるでそれは腕の一部のようであった。

 実弟ながらその強さはおそらく他に類を見ないであろう。

 そう思うと、かつて棗芽が月華つきはなとともに戦場を駆けていた頃が急に懐かしくなった。

 平和な世になり、誰かが戦を起こさない限り戦いに身を投じることはしばらくなさそうだが、鬼灯は幕府で働く棗芽の姿を見たくなった。

「私はお前が幕府に戻ることを望む」

「…………?」

 今度は棗芽が動きを止める番だった。

 立ち止まり兄の鬼灯をじっと見つめている。

 鬼灯は棗芽が幕府を去った本当の理由を知っている。

 本人は戦いに身を投じるのが嫌になったと言って幕府を去ったが、本当は棗芽が幕府の中で恐れられていたことを肌で感じていたからだった。

 戦場で戦果を上げれば上げるほど、その強さに周りは恐れをなした。

 まして他人に興味がなく、他人ひとと距離を置くような性格である。

 幕府の中に居場所をなくしていったことはわかっていた。

「かつてはお前にとって居心地の悪いところだっただろうが、今は月華もいる。お前と月華がいてくれるのなら私もしばらくは六波羅ろくはらにいられる」

「兄上……私は——」

「それに、妻を養っていくには定職が必要ではないのか?」

「それは……ですが彼女は私が幕臣になることを望まないでしょう」

「では理解してもらうまでお前が根気よく話さねばなるまい」

 呆然としていながらも条件反射からか、棗芽は迫り来る敵に応戦していた。

 振り下ろされた敵の刀を受けては横へ受け流す。

「妻に迎えるのならばこれから長い人生をともに歩むことになる。行く先には互いに意見の相違も生まれることだろう。そうなった時にお前は自分の意見をそのまま相手に押し付けるのか」

「押し付けるなんてことは……しませんよ」

「では相違があるから別れるのか?」

「それは絶対にありませんっ」

 鬼灯から見て棗芽は明らかに動揺していた。

 だがこれまで他人とろくに関わって来なかった棗芽に妻を迎えることができるのか、その覚悟を確認しておきたかったのは確かだった。

 どう答えるのか鬼灯が関心を寄せていると、棗芽は敵を数人斬り捨てながら不満そうに言った。

「……私が兄上に勝てばこの話も流れるのですから、今は考えないことにします」

 鬼灯は、

(逃げたな……)

 と思ったがそれ以上追求することはなかった。

 戦いの最中にはおよそ似つかわしくない会話をふたりがしていたところ、急に風向きが変わった。

 妹尾家当主が現れた時とは比べものにならない不気味な空気が漂う。

 やがて現れたあるひとりの男にその場の全員が凍りついた。

「さて、この者たちは一体何者なのかな」

 現れた男の体には白い大蛇が巻き付いていた。

 大蛇はまるで男に飼われているかのように懐いているように見える。

 大蛇は男の顔の横に頭を並べ鬼灯と棗芽を見つめていた。

 赤い舌が動くのを見てふたりは総毛立った。

「何だ、あれは」

 思わず呟いた鬼灯に棗芽は眉を潜めた。

「何でしょうか。妖……の類ではなさそうですが」

 それまで動きを止めていた妹尾家家臣たちは一斉に後ずさった。

「ご、御形ごぎょう様……」

 棗芽は家臣のひとりが漏らした名前に聞き覚えがあった。

 かつて紅葉が御形という呪術使いがいるということを教えてくれたのだ。

 ——噂では式神というものをいくつも持っていて、この御形に睨まれたら最後だってみんな恐れてる。

 紅葉は実際には見たことがないと言っていたが、目の前に存在する大蛇がまさに彼女の言っていた式神だとすれば、現れた男が御形なのだと確信が持てる。

「兄上、あれはこの邸にいるという呪術使いだと思います」

「呪術使いだと?」

「ええ。聞いた話によると式神というものを使って人を殺せるとか——」

 棗芽がそう言ったまさにその時。

 御形は懐から取り出した紙に息を吹きかけた。

 するとただの紙が眩い光を放った。

 眩しさに目を細めていると、気がついた時には巨大な虎が現れていた。

 人の何倍もある体格をした虎でその足は大黒柱ほどの太さがあるように思えた。

「あれは……」

 鬼灯はその虎に見覚えがあった。

 今は亡き前の陰陽頭おんみょうのかみだった土御門皐英つちみかどこうえいが使っていた式神とそっくりだったのだ。

 ただ、大きさはこちらの方が比べ物にならないほど大きい。

「兄上、ご存じなのですか」

「以前、あれとよく似たものを相手にしたことがある」

「あのようなものを、ですか」

「ああ、なかなかに強敵だった——」

 鬼灯が言い終わらないうちに、虎がふたり目がけて駆け込んできた。

 右前足で払われそうになるのをかろうじて避けたが、すぐさま左前足から覗く爪が光りながら迫っていた。

 太い足から出る爪は大鎌のようだった。

 その爪を何とか刀で受け止めると、鬼灯は言った。

「棗芽、油断するな。これはまやかしのようでまやかしではない。本物と変わりないほどの力を持っているからなっ」

 虎の手に押しつぶされそうになる鬼灯を手助けしようと棗芽が駆け寄ると、それを遮るように白い大蛇が彼に襲いかかった。

 刀を振ったものの、大蛇はその柔らかさでするりとすり抜け、棗芽の刃は虚しく空を斬る。

 御形が嘲笑するのが目に入っても、襲ってくる式神たちに応戦するのがやっとでふたりはただ消耗戦を強いられるだけだった。

「何者かわからないがなかなかどうしてしぶといですね。もう少し攻めてみるかな」

 御形が再び懐から紙を取り出した。

 また新しい式神を出すつもりだと察した棗芽は、左手に持っていた刀を思い切り御形に向かって投げた。

 何とか御形に当たればいいと思ったが、棗芽が投げた渾身の刀は御形の足元に突き立っただけで、何の役にも立たなかった。

「何の真似でしょう。無駄な足掻きをするのは好みませんね」

 御形が容赦なく放った次の式神は獅子だった。

 ただでさえ虎と大蛇を相手にしている手一杯のふたりの元へ獅子が突進していった。

「……っ!」



 白檀びゃくだんたちと別れ、妹尾邸に戻った山吹やまぶきと紅葉は目の前に広がる光景に愕然とした。

「な、何これ!?」

 紅葉が驚愕の声を漏らすのも無理はなかった。

 門の前には家臣たちの死体が無数に転がっており、白い大蛇や巨大な虎が暴れ回っている。

「御形様だ……」

 山吹が指差す先に御形が立っていた。

 腕を組みながら余裕の笑みを浮かべ、まるで命を弄んでいるかのようである。

 鬼灯は何とか虎の足を避けているが、ただ逃げ回り時折、虎の攻撃を受け止めているだけで反撃に転じる機会があるようには見えない。

 果敢に大蛇に向かう棗芽は蛇の鱗に刀の刃を滑らせるのがやっとで自分の体格よりも大きい蛇の柔軟な動きに翻弄されていた。

 その隙をついて棗芽が刀を1本、御形に投げたが何の効果もなかった。

 それどころか更なる式神が放たれ、危機的な状況である。

 山吹は背中に背負っている弓を構え、狙いを定めると矢を放った。

 考えるよりも先に体が動いていた。

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