4話
ふわふわのベッドに沈みながら、
俺は極上の幸せに包まれていた。
「……はぁ〜……働かないって、ほんと最高だなぁ……」
何も考えず、
何もせず、
ただ寝転がって、毛布にもふもふされる。
これが、至高。
これが、俺の目指した異世界生活だ。
だが――
グゥゥゥゥ……。
「ん?」
腹の奥から、控えめな音が鳴った。
グゥゥゥゥ……。
もう一度、腹が主張してくる。
「……あ」
気付いた。
俺、今日、何も食ってねぇ。
いや、昨日も、その前も、食ってない気がする。
「……え、ちょっと待て。
メシ、どこで手に入れるんだ???」
ベッドの上で、もぞもぞと起き上がる。
もちろん、布団は手放さない。
この異世界、
寝床は最高。
空調も完璧。
防衛もバッチリ。
でも、飯事情だけは――空白だった。
「うーん……めんどくせぇな……」
胃袋が、主張している。
脳が、怠惰を叫んでいる。
どっちを取るか?
そんなの決まってる。
寝転んだまま、ウィンドウを開く。
パチパチと、拠点メニューを操作していくと――
あった。
《簡易食糧生産システム(試作型)》
【必要ポイント:10P】
「……あったわ」
ベッドの上で、ぐだぐだしながら、俺は即決。
ポイントを投入。
拠点の隅っこに、ぽすん、と小さな装置が出現した。
見た目は……
どっかの田舎に置いてある自動販売機を、さらにボロくした感じ。
「……これで、メシ?」
半信半疑で、装置の前に手をかざすと、
ウィーン……という音と共に、ゴトン、と何かが落ちてきた。
取り出してみると、
手のひらサイズの銀色のパック。
《非常食セットA》
【内容:高栄養クッキー ×3】
「……非常食かよ!!!」
盛大に突っ込む俺。
しかも、
開封した瞬間に漂う、何とも言えないボソボソ臭。
見た目は灰色の板チョコ。
触るとポロポロ崩れる。
食欲を削ぐ破壊力、ハンパない。
「……これ、飯って呼べんのか?」
しばらくパックを睨みつけていたが、
腹の主張には勝てなかった。
パクッ。
……モソモソ。
「っが……パッサパサすぎるだろコレ!!!」
水分が一瞬で奪われ、
喉がカラカラになる。
もはや拷問。
「……これだけ……?マジで……?」
涙目になりながら、
銀パックを見つめる俺だった。
「っがぁぁあ……パッサパサぁ……」
俺はベッドの上で転がりながら、
銀色の非常食パックを恨めしげに睨みつけていた。
口の中の水分が、秒速で蒸発する。
もはや砂を食っているのかってレベル。
「これ、絶対非常時でも食いたくねぇヤツだろ……」
ボソボソ、モソモソ。
無理やり口の中で転がすけど、
味なんてあってないようなもんだ。
いや、ある意味味はある。
絶望の味。
「……これ、飯じゃねぇ……」
本気で泣きそうになる。
異世界ってもっとこう、
豪華な料理がバンバン出てくる世界だと思ってた。
街角のパン屋とか、
市場の串焼きとか、
王宮のフルコースとか!!
それが――これだよ。
銀色の板チョコもどき。
「……っく、俺の異世界ライフ返せぇ……」
ベッドの上でジタバタ暴れる。
だが、そんな俺に現実は無情だった。
【食糧レベル:簡易】
【拡張には追加ポイントが必要です】
ウィンドウが、
淡々と事務的に告げてくる。
「ポイントかぁ……」
もそもそとパックを齧りながら、
俺は考える。
ポイント。
寝てりゃ溜まる、素晴らしいシステム。
でも、
寝てるだけだと、そこまでガッツリは貯まらない。
本格的な食糧生産モジュールを導入するには、
相当なポイントがいるらしい。
「……つまり、俺はこのパッサパサ生活をしばらく続けなきゃならんのか……?」
想像しただけで、
心が折れそうになる。
毎日、銀色の非常食。
毎日、ボソボソモソモソ。
地味にキツい。
精神的にキツい。
「っかぁぁぁ……マジで、豪華な飯が食いてぇぇぇぇぇ!!!」
ベッドの上で叫びながら、
俺は全力で毛布を蹴飛ばした。
異世界ニートライフ、
まさかの飯地獄スタート。
だが、
ここで折れるわけにはいかない。
俺は決意する。
「絶対、寝ながら豪華メシ食える世界にしてやる……!」
夢はでっかく!
ベッドの上でゴロゴロしながら、
俺は妄想を広げる。
フカフカのベッドに寝たまま、
脇に置いたお盆からステーキを摘む生活。
ふわふわのオムライス。
とろけるプリン。
炊きたてのご飯に、味噌汁。
全部、
寝たまま口に運ばれる!!!
「ぐふふふふ……異世界って最高ぉ……」
ニヤニヤしながら、
毛布にくるまる俺。
そして、
満面の笑みを浮かべたまま、
静かに、再び眠りに落ちるのだった。
目指すは、
寝ながら豪華グルメ生活。
俺の異世界ニートライフは、
まだ始まったばかりだ。
――むくり。
毛布に包まりながら、
俺はのそのそと体を起こした。
「……腹、減った……」
寝てる間、
ふわっふわのご馳走に囲まれる夢を見た気がする。
だが、現実は甘くない。
目の前にあるのは、
銀色に輝く、あの忌まわしい非常食パック。
パサパサ、モソモソ、絶望の塊。
「……ぐああああ……」
俺は顔を両手で覆って呻いた。
起きたら朝食バイキング!
そんな甘い期待は粉砕された。
「……あれ? そういえば……」
ふと、思い出す。
防衛設備。
拠点強化。
寝ながらでも安全に過ごすため、
俺、けっこうなポイントをぶっこんでたじゃねぇか。
「……そうだよ……俺……
防衛用のタレットとか、強化外壁とか……
めっちゃポイント使ったんだった……」
ぺたんとベッドに倒れ込み、
毛布に顔をうずめた。
そりゃ、残りポイントが数Pしかないわけだ。
「……あの時はなぁ……
寝てるだけで拠点守れるとか、最高すぎて……
つい……な……」
あの時の俺を、
優しく、でも全力で殴りたい。
自業自得すぎる。
「……っかぁぁぁ!!!
飯を、飯を優先すべきだったぁぁぁ!!!」
ベッドの上でジタバタと暴れる。
だが、
何をどう嘆こうが、
目の前にあるのは乾燥クッキーもどき。
食糧レベル:地獄。
「……マジで、どうにかなんねぇかな……」
毛布をかぶったまま、
拠点メニューをもぞもぞと操作する。
【簡易畑設置:30P】
【屋内温室モジュール:50P】
【自動調理機能(試作型):80P】
どれもこれも、ポイント不足。
「ちくしょおぉぉ……
世の中、寝てるだけじゃ豊かにならねぇのかよぉ……」
ベッドの上で小さくのたうち回りながら、
俺は絶望と戦う。
だが、
どんなに嘆いても、
どんなに後悔しても――
動きたくない。
これだけは、
絶対に譲れない。
「……ふぁぁ……
ポイント、自然回復……待つか……」
絶望と怠惰を抱きしめながら、
俺は、再びぬくぬくとした眠りへと落ちていった。
目指すは、
ベッドから一歩も動かない究極の異世界ライフ。
俺は、諦めない。