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第9章 君/あなたと生きていきたい

白い天井が視界に映り、ぼんやりとした光が瞼に染み込んだ。シェリーはかすかな頭痛と全身の重さを感じながら、ゆっくりと意識を取り戻した。


「……生き残った……」


口をついて出た言葉に、自分自身がまだこの世にいることを実感する。体を動かそうとすると、肩や手首に軽い痛みが走った。どうやら医療処置が施されているらしい。周囲を見回すと、病院の一室のようだ。消毒液の匂いが漂っている。


やがて看護師と医師が入ってきて、いくつかの検査を受けた。体に深刻な問題はないらしく、魔力枯渇による昏睡が主体だったようで、数日で退院可能とのこと。シェリーはほっと息をついた。




少し経つと、軍服をきちんと着こなしたレイ・グラスフィールド大隊長が病室を訪ねてきた。シェリーの退役を許可する辞令を伝えた時から、少しも変わらない軍人らしい佇まい。彼は静かにベッドサイドの椅子に腰を下ろし、わずかに微笑んでから話し始めた。


「まずは、君に感謝を伝えたい。バルロスの討伐は成功した。氷魔法使いを中心とした一旅団が駆けつけ、無事に街を守り抜いた。君が時間を稼いでくれたおかげで、街の人々に犠牲は出なかった。」


シェリーは安堵の息を吐いた。それを見て、大隊長は軽く頷きながら続けた。


「しかし、到着した時のバルロスは、随分ダメージを負っていた。あれは、本当に君一人でやったのか?」


シェリーは少し迷ったが、静かに頷いた。大隊長は目を細め、少し苦しそうな表情を浮かべた。


「……実は、君に遣わせた使者の男は現在、調査対象になっている。本当は、君一人に時間稼ぎをしろ、という要請ではなかったんだ。退役軍人に住民の避難への助力を依頼する程度の話だった。それが、彼の独断でこんな事態になってしまった。」


シェリーは驚きのあまり目を見開いた。彼の言葉は続く。


「君の退役届が勝手に出されていた件も含めて、調査が進められている。孤児で、氷魔法使いであるということで君が侮辱されているのを見たという報告もある。今回の件は、軍全体の失態だ……だが、君はこの無茶な要請をやり遂げてくれた。軍人として、そして一人の人間として、最大の感謝を伝えたい。」


シェリーは何も言えなかった。ただ、彼の言葉の一つ一つが胸に響いた。


「それにしても、君の氷魔法の使い方は非常に興味深いようだ。近いうちに、また話をさせてほしい。だが今は……」


大隊長は一瞬言葉を切り、微笑んで病室の扉に目をやった。


「このことで勇敢にも私に食ってかかった男が、今にもここに飛び込んできそうだから、私は失礼するよ。」


そう言うと、大隊長は立ち上がり、部屋を出ていった。




しばらくすると、扉がゆっくりと開いた。そこに立っていたのは......カイだった。最後に見た時より、少しだけやつれている。目の下には、色濃いクマが形成されていた。彼は無言で部屋に入り、ベッドの横に立ったまま、じっとシェリーを見つめた。


シェリーは出発前最後の会話を思い出して、慌てて視線を逸らした。彼女の頬がほんのり赤く染まる。

「あの、さ、最後のお願いってやつ、あれ……悪ふざけですから!忘れてください……!」


早口でそう言い放ち、視線を落とした。だが、カイは少しも動じず、ただじっと彼女を見ている。

「……そのお願いは聞けない。」


低く落ち着いた声が部屋に響く。その言葉の意味を理解した瞬間、シェリーの顔がさらに赤くなる。


「退院したら、覚悟しておけよ。」

カイはそれだけ言い残して、くるりと背を向け、病室を出て行った。


取り残されたシェリーは、真っ赤になった顔を枕に埋め、心臓の音を静めようとした。




病室には暖かい日差しが差し込み、シェリーの疲れた体と心をそっと包み込むようだった。彼女は自分がまだ生きていること、そしてこれからもカイと一緒に歩んでいける未来があることを、静かに噛み締めていた。


「一緒に生きて、研究したい――」


心の中でそう呟くと、自然と微笑みが浮かんだ。未来はまだこれからだった。

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