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第5章 あなたがいい

シェリーの姿が研究所に見られなくなって数日が経った。

いつもなら、真っ先に現れて何やら独り言を言いながら作業を始める彼女が現れない研究室は、まるで灯火が消えたかのようの静けさだ。カイは机の上に広げた資料をぼんやりと見つめていた。


「風邪を引いた、と言ってたな……まあ、あいつのことだからすぐに研究に戻ってくるだろう。」


そう呟いてみたものの、胸の奥に妙なざわつきが残る。シェリーは一人暮らしで、特に親しい友人がいるようにも見えなかった。そんな彼女がしばらく寝込むことになれば、誰が世話をするのだろうか?


「いや、共同研究者の体調を心配するのは当然だ。別におかしいことじゃない。」


自分にそう言い聞かせるカイの横で、弟のルーカスがニヤニヤと口元を緩めている。

ルーカスは時折実験室に顔を出すようになっていた。彼は19歳で、カイに似た端正な顔立ちを持つが、体つきは細く、いまだ病弱さが抜けない。しかし、発作への対応策が増えたことで彼の行動範囲は広がり、研究の様子を興味深そうに眺めたり、カイに錬金術や実験装置について質問したりするようになっていた。


「兄さん、ずいぶん気になってるみたいだね。」

「……なんだ、その顔は。別におかしなことは言ってないだろうが。」

「はいはい。気になるならお見舞い行ってきたら?差し入れくらい持ってさ。」


ルーカスに背中を押される形で、カイは病人にも食べられそうな食材を見繕ってもらい、初めてシェリーの家を訪ねることにした。



シェリーの家の扉をノックすると、しばらくしてから中から弱々しい声が聞こえた。


「どなたですか……?」

「俺だ、カイ。食料を持ってきたんだが。調子が悪いと聞いたからな。」


扉が少しだけ開き、顔を覗かせたシェリーは真っ赤な顔をしている。高熱のせいで頬は上気し、目もうつろだ。


「感染予防のため、入室できません……治癒したら、部屋から出ることが許されます……」

「おい、それは軍の宿舎の話だろ。今は一人で寝込んでる方が困るだろうが。」


カイはシェリーの制止を振り切り、扉を押し開けて中に入る。家の中は片付いているものの、目に見えて生活感が薄い。彼女がどれだけ研究に没頭していたのかが伺える。


「寝てろ。持ってきたやつ、温めるから。」

「え、でも……」

「いいから黙って寝ろ!」


カイは大声で言いながら、キッチンで火魔法を使い始めた。マスクと手袋をしっかり着け、できる限り感染を防ぐ対策を講じている。


しばらくして、湯気の立つスープと柔らかいパンがテーブルに並んだ。シェリーはベッドから起き上がるのも辛そうにしながら、それでもスープを一口飲む。


「……美味しい。」

「そうか。よかったな。早く元気になって、研究に戻ってこいよ。」


素直な感想に、カイは少しだけ得意げに答える。その後も水分を摂らせ、布団を整えると、カイは立ち上がった。


「明日からは誰か女性の使用人を行かせる。俺はこれで――」

「……カイがいいな。」


掠れた声でそう呟いたシェリーの瞳は潤んでいて、弱々しい光を宿していた。その一言に、カイは完全に動きを止めた。


「……なんだ、それは。お前、風邪で頭が回ってないんじゃないのか?」


彼女の様子に戸惑いながらも、赤くなる耳元を隠すことはできない。シェリーはそんなカイをぼんやりと見つめながら、小さく呟いた。


「……カイが来てくれて嬉しかったな......」


その口元に浮かんだ微かな微笑みに、カイの心は不意に跳ね上がった。


「……っ!もう寝ろ!余計なこと考えるな!」


カイは言葉を遮るようにそう言い放ち、そそくさとその場を後にした。しかし、家を出た後も、胸の高鳴りは収まらず、彼自身もそれが何を意味するのかを理解し始めていた――。

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