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番外編2 兄さんとシェリーさん

兄さんとシェリーさんが取り組んでいる研究は、僕が最初に想像していたよりもずっと大きなものだった。彼らの作った機械や魔法技術は、農業や医療に革新をもたらしていて、僕たちの屋敷には毎日のように色んな専門家や役人が訪れるようになっていた。


研究に励む二人の姿を見ていると、僕はいつもなんだか安心した。兄さんはいつもより表情が柔らかくなっていて、シェリーさんは研究の話をするたびに分かりにくいけど目を輝かせていた。二人が一緒にいるのは、きっとお互いにとっていいことなんだろうって思った。


「こんな日々がずっと続くんだろう」


僕はそう思っていた。でも、それが叶わないことを、この時の僕はまだ知らなかった。




その日、黒いマントを羽織った軍の使者が屋敷を訪れ、シェリーさんに冷たくこう告げた。

「旅団の到着まで時間稼ぎをお願いします。」


使者が伝えた軍の要請は、それだけだった。しかし、その内容はあまりにも非情だった。


「バルロスに接近でき且つ攻撃が可能なのは氷魔法使いだけです。この地域でそれを使えるのはあなたしかいない。あなたは孤児です。退役軍人だからといって、断れるとは思わないでください。」


使者は冷たく言い放った。そしてさらに追い討ちをかけるようにこう続ける。


「氷魔法使いなんて、所詮、戦争で敵を殺す以外に使い道はないでしょう?退役したとはいえ、せいぜい役に立ってください。」


その言葉を横で聞いていた兄さんは怒りを爆発させた。


「ふざけるな!都合よく退役させておいて、また都合よく利用しようっていうのか!氷魔法のこと、シェリーのことを何もしらない奴が、なんて口を聞く!」


僕も、怯えながらもシェリーに訴えかける。


「シェリーさん、行かないでしょう......?研究だって、まだまだこれからなんです!」


僕がシェリーさんを見ると、黙って手元に目を落としていた。そして、ゆっくりと僕たちに向かって口を開いた。


「私の氷魔法が敵を殺すだけのものでないとわかったのは、あなたたちのおかげ。」


シェリーさんは穏やかに微笑みながら、兄さんと僕に言った。


「今度は私の力を喜んでくれた人たちを守るために、魔法とこの命を使いたい。それが、今の私にできることだから。」


兄さんはその言葉に黙り込んだ。僕はなおもシェリーさんを止めようとしたが、シェリーはただ優しく微笑んでいるだけだった。そして彼女は決然と使者に向き直り、言った。


「その任務、引き受けます。」




その夜、兄さんの部屋をそっと訪れると、普段冷静な兄さんが珍しく荒れていた。


「なんで俺は何もできないんだ!」


机の上には開けかけの酒瓶が転がっていて、兄さんは頭を抱えていた。


「俺は火魔法使いだ。だからバルロスに近づくことすらできない。もし無理に行ったら、俺の魔力がやつを強化するだけだ。……俺は、好きな女一人、守れないのか。」


兄さんの声が震えていた。僕の代わりに戦争に行った優しい兄さん。今もシェリーさんに代わってあげられるなら代わりたいと思っていることだろう。僕は何も言えなくて、ただ兄さんの背中をそっと撫でた。




シェリーさんが作戦に向かう日、兄さんはいつもより無口だった。兄さんは一人で門にシェリーさんを見送りに行った。


家に戻ってきた兄さんは、何も言わずに研究室に閉じこもった。




バルロスの来襲に備え、僕たちはできる限りのことをした。シェリーさんが命を懸けて稼いでくれた時間を無駄にしないよう、街の住民を避難させ、準備を進めた。


「どうか、間に合って……」


王都から派遣された軍が到着し、バルロスに向かっていくのを見送るとき、僕は祈るような気持ちだった。


「彼女が無事で帰ってきますように……」


兄さんも同じ気持ちだったはずだ。ただ、彼は何も言わず、空をじっと見つめていた。


僕たちはただ信じて待つことしかできなかった。

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