表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

第1章 戦争は終わった、これからは

「第3魔法隊所属、シェリー・フロスト。長い間ご苦労だった。退役を許可する。軍人恩給は規定の額が口座に振り込まれる。」


大隊長レイ・グラスフィールドの硬い声が響く。

シェリーは淡々とこの()()()辞令を受け取り、規定通りに華奢な体を曲げて頭を下げた。伏せた瞳は薄い青、肩にかかる髪も同じく淡い色。冷たい冬の朝のような佇まいが、彼女そのものを表していた。


魔王軍との長い戦争は、ようやく人類の勝利に終わった。無尽蔵に魔物を生み出す魔王を撃ち倒し、世界は滅亡の危機を乗り越えた。最前線で戦ったアルヴェルシア王国も、勝利の歓喜に沸き立ち、その余波は城下町から農村の隅々にまで広がった。


そして今、王国軍は復興支援を終え、大規模な軍縮を進めている。かつての英雄たちは次々と軍を去った。彼らの多くは、傷を癒しながら故郷に戻る者もいれば、新たな仕事に就く者もいた。


シェリー・フロストもその一人になることが決まった。

氷魔法に適性をもつ彼女は、戦場では重要な一戦力とされてきた。しかし、平和が訪れた今、氷の力はもはや不要と判断されたのだ。その結果が、今日の辞令だった。


「結局のところ、敵を凍らせる以外、何もできない役立たずだったってことです。」

自嘲するように呟いてみたが、心にはさざ波ひとつ立たなかった。



退役を告げられたその日、王都の広場では退役者たちへの感謝を伝える国王の演説が行われた。


「これまでの貢献に深く感謝する。魔王軍を打ち倒せたのは、諸君らの力あってこそである。これからは、自分の望む道を進んでほしい。諸君らの栄達を祈る。」


美しい言葉が、整った声で語られる。その一つ一つが広場に響き渡り、人々の心に感動を刻む。シェリーは整列した人々の間に立ち、無表情のまま国王の姿を見つめていた。


「自分の望む道…」

スピーチが終わり、観衆がざわざわと動き始める中、シェリーはぽつりと呟いた。


自分の望む道など、考えたこともなかった。


シェリーの軍での二つ名は、「氷の魔女」だった。

文字通り、冷たく、無機質で、ただ命令通りに氷魔法を振るうだけの存在。その評価に彼女自身も疑問を持つ余地はなかった。捨て子として孤児院に拾われ、戦争のため魔法の適性を調べられ、適合していたので軍の道具として生きる。それが、18歳になった彼女のこれまでの人生だった。


望む道とは、いったい何だろう。



孤児院で物心がついた頃、シェリーは自分がただの孤児ではないことに気がついていた。

この世界の記憶だけでなく、地球という星で「理系学生」として平穏に生きてきた記憶が、断片的に残っていたからだ。そこで学んだ科学や技術の知識は、目の前に広がる異世界の魔法体系と相容れないことも多かったが、それでもシェリーにとってその記憶は、かけがえのない「自分らしさ」を感じさせるものだった。


だが、軍に徴兵されてすぐ、その柔らかく暖かい記憶を手に持っていては自分が戦えないことに気がついた。

戦争が始まったとき、シェリーはその記憶を奥深くに押し込め、自分は道具であると割り切ることで、戦場の現実に耐えるしかなかった。


だが今、その戦争は終わった。

「自分の望む道を進め。」

そう命じられたとき、シェリーはひどく戸惑った。

望む道とは何だろう。自分にはそんなものがあるのだろうか。


薄暗い部屋の隅、手のひらで冷気を生み出しながら、彼女は大切な記憶をそっと思い出す。

「私は、呑気に研究していた女子学生だった…」

押し殺してきた自我が、静かに顔を出す。


氷魔法。これまで戦いのために使ってきた力が、ふと別の可能性を持っているのではないかと思える。敵を凍らせて殺すだけではない、もっと別のことに使えるかもしれない。


「そもそも、熱力学的に言えば、私の氷魔法ってすごいことをしてる......」

「熱力学第2法則」という言葉が脳裏をよぎる。

「ものを冷やす時には奪った熱をどこかに捨てなきゃいけないはずなのに、私の氷魔法って、排熱が全然ないんだよね…」


口に出すと、不思議と胸が弾む。


まずは、熱からの動力の取り出しや、空気の分留を試してみたい。

シェリーの頭には、地球で学んだ知識が鮮やかに蘇る。動力を取り出し、窒素や酸素、二酸化炭素を抽出して、それを利用して何か役立つものを作ることができるかもしれない。


「でも、そのためには実験のできる環境と、高温を実現できる熱源も欲しいな…」

ふと、彼女は呟いた。


実験環境を持ってて、高温を操れる魔法使いがいれば、研究の幅が広がる。低温環境だけではできないことがたくさんできる。そんな共同研究者が見つかれば、きっと面白いことができるはずだ。


「そんな都合のいい人…いないかな。」

独り言を漏らしながら、シェリーは薄暗い部屋の窓を見上げた。夜空に浮かぶ月が、やけに冷たく光って見えた。


ーーー彼女がそんな「都合のいい人」に出会うのは、それから間もなくのことだった。

今日は12時30分まで四話更新します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ