吹き続ける少年
「〈ごうた〉ちゃん、ピロピロ笛を吹くのよ。 龍を呼び出して」
〈はないいちもんめ〉を遊んだ、何百、何千、何万人か分からない、大勢の子供達の声が遠い宙から、近くの観客席から聞こえてきた。
僕に勇気を与えてくれる声なんだ、すっごい数の声だから、そうなんだと思う。
僕は〈龍の吹き戻し〉を口にくわえて、息を吐いた、でもピロピロと伸びてくれない。
何事かと考えていた大赤鬼が、興味を失ったのだろう、僕の方へゆっくりと近づいてくる、僕はどうしたら良いんだ。
「〈ごうた〉ちゃん、〈龍の息吹〉よ。 お腹の底にいる龍を呼び出して」
僕はもう一度、〈龍の吹き戻し〉を口にくわえて、大きく息を吐いた。
〈コロボ〉に乱暴した鬼を許さないと、子供達をいじめた鬼みたいな人を許さないと、肺が破れても良いと、強く息を込めたんだ。
そうすると〈龍の吹き戻し〉は、大きく伸びて龍の形になり、横から手と足も生えてきた。
金色の龍だ。
龍は〈龍の吹き戻し〉から飛び立ち、逃げようとしていた大赤鬼に体当たりしたぞ。
ドーンと倒れた大赤鬼に、グルグル巻きついて、ギューとしめ上げている。
大赤鬼は暴れて抵抗していたけど、龍の力に負けたんだ、バラバラに千切れ消え去っていった。
やったー、僕が吹き出した龍の勝利だ。
龍は空に向かって、ドラゴンブレスを一発放った後、すーっと消えてしまった、「あっ」と思って手の中を見たら、〈龍の吹き戻し〉がまだあったので、僕はホッとしたよ。
それにしても龍は強いな、ドラゴンブレスの切り札を残したまま勝ったんだ、自分の事のように誇らしい。
〈コロボ〉を探そうと思ったら、「えっ」と思った、なぜか僕は龍の背中に乗っているんだよ、探していた〈コロボ〉は、元に戻って僕の手をペロペロとなめている、元気にもなっているぞ、あははっ。
僕は〈コロボ〉のお腹をワシャワシャとしてあげた、〈コロボ〉はまた「ハァ」「ハァ」言って喜んでくれたから、僕もすっごく嬉しい。
龍は僕と〈コロボ〉を乗せて、星の海を泳ぐように飛んでいる、金平糖を食べて星になった子供達が、「勇者だ」「〈龍の息吹〉の〈ごうた〉だ」「ありがとう」「さようなら」と手を振ってくれている、僕は思わず「バンザイ」と叫んだよ、すっごく嬉しかったんだ。
「ハッ」と気づいたら、家の前に立っていた、すっごい距離と時間を超えたんだな。
僕はお母さんとお父さんに、今日僕がした冒険を詳しく話してあげた、顔を真っ赤にして話したんだ。
お母さんは「〈はな〉ちゃんと会えると良いわね」と言っていた、女の人はいつも恋愛が好きなんだな。
お父さんは「〈龍の吹き戻し〉はカッコ良いな」と言ってくれた、男はいつまでも子供なんだな。
その後、どんなに思い切り考えても、脳の血管が切れるほど想像しても、もうあの小さな道に行く事は出来なかった、〈龍の吹き戻し〉を何回吹いても龍が現れることも無かった。
それでも僕はお腹に力を込めて、〈龍の吹き戻し〉を毎日何回も吹き続けた、そうするのが当たり前なんだ、すっごく嫌なことでも思い切り吹けば、宙に吹き飛んで行くんだからな。
僕はもう一度、あの小さな道へ行きたいと、いつもにように考え事をしながら歩いていたら、
段ボール箱が目の前にあったんだ。
おぉ、これは宝箱に違いないと、すっごく嬉しくなって踊りそうになったよ。
箱の中には捨て犬がいたんだ、毛は灰色だけど、僕はこの子犬が〈コロボ〉だと直ぐに分かったよ、当たり前だろう。
〈コロボ〉は弱って死にかけていたけど、僕はお母さんとお父さんに、すっごく頭を下げて飼うことを許してもらったんだ。
最近は勉強も習い事の水泳も頑張っているから、三時間ほど頭を下げ続けたら許してくれたんだ。
〈コロボ〉のためなら僕はいつまでも下げ続けられるよ、だって〈コロボ〉は僕の親友なんだぞ。
動物病院にも連れて行ってもらい、〈コロボ〉は元気になり毛も白くなった、雨に濡れて汚れていたらしい。
だけど不幸はどこにでも、落ちているもんなんだ。
僕は中学生になり、〈コロボ〉と散歩の途中で〈龍の吹き戻し〉を吹いていたら、三年生の不良に絡まれてしまった。
「あぁ、なんだお前は、中学生にもなって、ピロピロ笛かよ」
「ちょー、うける。 あははっ、変なヤツ、お子様じゃん」
男の方は悪い噂が絶えない不良だ、赤い顔をしているのはお酒を飲んでいるらしい。
学生服の前を全開にして、真っ赤なTシャツを着ている、耳にピアスもしているし当然金髪だ。
女の方も、金髪に派手なメイクをして短いスカートはいて、ニタニタと笑っている。
三年生の不良は、「けっ、ゴミが大事なのか、だせぇ」と言いながら、僕の手を握りつぶそうとしてきたんだ、僕は「痛い」と悲鳴を上げて〈龍の吹き戻し〉を地面に落としてしまった。
「あははっ、痛いってさ。 コイツ、ちょー弱いんだ。 やっぱゴミだね」
女の方は僕をバカにして、不良の三年生は、とんでもないことに〈龍の吹き戻し〉を足で踏みつぶしてしまったんだ。
「あぁー、嘘だろう、壊れてしまった」
僕の嘆きと同時だったと思う、〈コロボ〉が「ガルル」とうなり不良の男へ飛びかかっていった、けれど寸前で不良に「バギッ」と蹴り上げられてしまった、〈キャン〉と一声鳴いて〈コロボ〉は身動きも出来ない。
「けっ、くそ犬が、殺してやるぞ」
不良の三年生が倒れている〈コロボ〉を踏みつぶそうと、足を上げているのが見えた。
僕は「うぉおー」と叫んで、気づいた時には不良の三年生へ体当たりをしていたらしい。
僕の体の下に倒れていたから、きっとそうなんだろう。
コイツは赤いから、あの大赤鬼の手下に違いない、手下なんかに負けるもんか。
僕は「許さないぞ」と叫び続けていた、〈龍の吹き戻し〉を毎日吹いていたから、〈龍の息吹〉が出せるんだ、ものすごい大声になって、あたり一面に響き渡っている。
不良の三年生と不良の女が、必死に耳を押さえているくらいだ、それでも僕は〈龍の息吹〉を吐き続ける、いつも吹いていたから、いつまでも吐くことが出来るようになっているんだ。
「くそっ、バカみたいに叫びやがって」
「ほんと、うるさい。 コイツ、頭がいかれているわよ」
不良の三年生は、まだ叫んでいる僕を押しのけて、不良の女と逃げていった。
僕の声があまりにも大きいから、近くにいた人達が何事かと、一杯集まってきたせいもあると思う。
〈コロボ〉も痛いのをこらえて、「ワオォォ」と一緒に吠えてくれていた。
僕は叫ぶのを止めて、〈龍の吹き戻し〉を拾い上げようとしたけど、バラバラになって手からこぼれ落ちてしまう。
もう〈龍の吹き戻し〉を二度と吹くことが出来ないんだ、自分の一部を失くしたような気がして、目の前が真っ暗になる。
だけど〈コロボ〉が手をペロペロとなめてくれた、僕を心配してくれているんだな、〈コロボ〉のお腹をワシャワシャとしてあげたら、〈コロボ〉はまた「ハァ」「ハァ」言って喜んでくれたぞ。
僕は泣かなくてすんだよ、ありがとう〈コロボ〉。
「君はすごい声を出せるね。 トランペットでも吹いたら、良い線いくんじゃないかな」
知らないおじさんが、僕の大声に呆れたのか、可能性を教えてくれたのか、尋ねることは今も出来ていない、本当に存在したのかさえ分からないんだ。
〈龍の吹き戻し〉を失った日から、僕は音楽の先生に頭を下げて、トランペットを吹かせてもらった、おこづかいとお年玉をコツコツ貯めて、自分のトランペットも買った。
〈龍の吹き戻し〉の代りに吹き続けたんだ、すがるように吹き続けていたと思う。
学校の音楽室で毎日吹いて、家ではマウスピースに息を吐き続けることを止めなかった。
両親を始め、近所の人や河川敷の動物達に、多大な迷惑をかけたと思うな、すっごく反省しています。
だけどみんが我慢してくれたおかげで、僕は素敵なホールでコンサートを開くことが出来るんだ。
今、開演の幕が上がっていくよ。
大勢の人々がチケットを買って来てくれたんだ、ありがとうございます。
暗い客席に淡く瞬いているのは、金平糖で星に変わった子供達だ、きっと。
宙から僕の演奏を聞きに来てくれたんだな、遠くからお疲れ様。
朝早く家を出る時に、〈コロボ〉は僕を舐めようとしてくれた、でもお年寄りになった〈コロボ〉はもう上手く動けないんだ、僕は口まで手を伸ばして〈コロボ〉に舐めてもらった。
僕はプレッシャーをすっごく感じていたけど、〈コロボ〉が舐めてくれたから、もう大丈夫だよ。
ありがとう、〈コロボ〉。
いつまでも僕の親友だ、長い生きしないと許さないぞ。
幕が開く前の暗いステージに立っている、ここまで来たら、後は思い切り吹くだけだ。
僕は〈龍の吹き戻し〉で鍛えられた、とても頑丈な肺を持っているぞ、金の龍を出したこともあるんだ、腹の中には今も龍が潜んでいるはず。
金に光るこのトランペットを触媒に、今この時、金の龍を吹き出してやるぞ。
もう幕が上がる寸前だ。
すーっと長く息を吸うんだ、怖い事なんか何もない、もう〈コロボ〉が先陣を切らなくても、僕は勇気を持つことが出来る、いつまでも頼っていられるか。
〈コロボ〉、安心させてやるからね、穏やかな日々をすごしてほしいな。
両親を始め、みんなの期待を裏切る事には決してならない、ははっ、良い方には裏切るかもだ。
暗い観客席には、大赤鬼はいないけど、今日の敵は自分の心の中にいると思う、自分の限界を超えて行くんだ、観客と未来に向かって、魂の音を響かせろよ。
幕が全て上がり終えて、スポットライトが、眩しく僕を照らしている。
僕は〈龍の息吹〉を吐くことが出来る、信じているから絶対に出来るんだ、最高の本気を出してやるぜ。
心の真ん中と体の芯に、はぁぁぁぁ、〈ドラゴンブレス〉を喰らいやがれ、黄金の龍を感じさせてやる。
聞いてくれ僕の音を、吹いて吹いて吹いて吹き続けるんだぁー。
― 完 ―