弱虫の少年
横にそれる道もあったけど、僕は真っすぐにドンドン行進していく、お伴は〈狼王子コロボ〉だ。
恐竜の骨を食べたから体が十倍に大きくなって、もうライオンみたいになっているぞ、たてがみが無いのが淋しいな、家にある画用紙でカッコ良いのを作ってあげよう。
女の子だったら、ゴメンなさい。
狭い道は急になくなり、小さな広場に出た、あっ、人がいるよ、子供のようだぞ。
「あっ、だれ」
「ごめんなさい」
「いじめないで」
広場の子供は、みんなすみっこに固まって、僕を恐る恐る見ている。
こんな弱虫の僕が怖いなんて、どうしたんだろう、前によっぽど怖くて嫌なことがあったんじゃないかな。
僕を怖がることなんて、しなくても良いと教えてあげよう。
「僕は〈豪太〉だよ。 強そうな名前だけど、すっごく弱いんだ」
「ほんと」
「ぶったりしない」
「いじめないの」
まだ僕のことを疑っているみたいだ、あっ、〈コロボ〉が怖いんだな、大きくなったからな。
「心配いらないよ。 〈コロボ〉は良い子なんだ」
「わん」
「小犬は怖くないわ」
「可愛いよ」
「さわっても良い」
大きくなった〈コロボ〉が子犬に見えるのが、不思議だけど、簡単なことだし願いを叶えてあげたいな。
「さわらせてあげてよ、〈コロボ〉」
「わん」
〈コロボ〉はブンブンとヘリコプターのように、尻尾を振って子供達の方に駆けていった、僕といるよりも嬉しそうなのは、ちょっぴり淋しいぞ。
〈コロボ〉は子供達とはしゃいでいる、僕と同い年くらいの子供達だけど、エッヘン、見守っている僕は少しお兄ちゃんの気分だ、あははっ、仲良く遊ぶんだぞ。
「〈ごうた〉ちゃんも、遊ぼうよ。 〈はないいちもんめ〉が良いな」
「えっ、〈はないいちもんめ〉ってどういう、遊びなの」
「こうするのよ」
僕はこの遊びが分からないから、ボーっと立っていたら、子供達が僕の両方の手を繋いでいた、ヒャッとするほど冷たい手だった。
僕の前に少し離れて、同じように手を繋いだ子供達が横一列になっている、左右を見ると僕は列の真ん中にいるみたいだ。
だけど不思議なのは、その列がどこまでも繋がっているように見えるんだ。
あれ、おかしいな。子供達は数人しかいなかったはずなのに。
「かって嬉しい、花一、もんめ」
「まけてくやしい、花一、もんめ」
僕の頭がハテナになっている間に、もう〈はないいちもんめ〉が始まったらしい。
僕も隣の子の真似をして、わらべ歌を歌ってみよう。
「鬼が怖くて行かれん、米がないから行かれない、あの子がほしい、あの子じゃわからん、相談しましょう、そうしましょう」
前の列の子供の一人が、僕の目の前に進み出てきた、ジャンケンをするらしい。
僕がパーを出したら、勝ってしまった、どうも前の列の子供の名前を言うみたいだ、でも誰の名前も知っていないぞ。
二列に連なる子供達がずっと待っていることに、僕は耐えられなくなって、ヤケクソで「みっちゃん」と言ってみた、こんなに多いんだ、一人くらいいるだろう。
僕の予想がズバリ当たったようで、僕の列の端の方へ「みっちゃん」が加わったようだ、ようなのは遠くて良く見えないんだ。
それからも、〈はないいちもんめ〉の遊びは続いて、とうとう前の列には、二人の子供が残るだけになった。
ジャンケンは僕が勝ったけど、二人のうち一人を選べばこの遊びは終わってしまう、残酷な遊びだよ、最後まで「ほしい」と呼ばれなかった子供は、すっごく悲しいだろうな。
僕は〈ちずる〉ちゃんと〈はな〉ちゃんの、どちらを選んだら良いんだ、二人の名前は遊ぶ前から、どういう訳か分かっていた。
二人が僕をじっと見てくる、うわぁ、ど真剣に見ないでよ。
「〈ちずる〉ちゃんと〈はな〉ちゃんが、ほしい」
「あー、二人もほしいって、〈ごうた〉ちゃんは、いけない男だ。 うふふ、そう言うのを女たらしって言うんだよ」
「ほんとに困った、〈ごうた〉ちゃんだよね。 すごい女たらしだわ。 あははっ」
「むっ、笑うなよ。 僕は女たらしじゃない、たらしたことがあるのは鼻水だけだ」
「あははっ、〈ごうた〉ちゃんは、女たらしの鼻たらし、だ」
「いやだ。 〈はな〉は〈ごうた〉ちゃんに、たらされてしまうの。 うふふ」
他の子供達も調子に乗って、僕を「女たらしの鼻たらし」と言うものだから、僕は〈クソッ〉と思った。
そして良く考えた結果、金平糖をみんなに食べさせることにしたんだ、ナイスアイデアだろう。
金平糖を口に入れれば、僕を「女たらしの鼻たらし」と言えなくなるぞ。
「あっ、弾ける。 美味しい」
「うわぁ、甘くて、刺激的だ」
「うそ、飛んじゃう」
「うっ、パチパチするんだ」
「うふふ、またね」
金平糖を食べた子供達は、びっくり仰天な顔になった後、次々と飛んで消えてしまった。
笑顔になったまま、溶けるようにみんな消えてしまった、僕はあっけにとられて口をあんぐりと開けるしかないよ。
「わん」
「ふぅー、〈コロボ〉、すっごく驚いたね。 先に進もうか」
今度は大きな広場が見えてきた、周りは階段のようになっている、漫画に出てきたローマみたいだ。
「おぉっと、今日の挑戦者は、か弱い少年だ。 果たして強大な鬼を倒せるのか、どう考えても無理だろう。 わははっ、虐殺シーンが見られますよ、今日のお客様は大興奮ですね」
「うおぉー、良いぞ」
「やっほー、引き裂かれてしまえ」
「うひゃひゃ、血がドバっと出るんでしょうね」
えっ、誰が話しているのか分からないけど、大きな声が聞こえてくる。
僕は急に声が聞こえたから、パニックになりそうだ、それに嫌な感じの事を言われているのがヒシヒシと伝わってくる。
誰もいなかった階段が、今はびっしりと何かが座っている、巨大な観客席だったんだ。
そこに形が人間と違う者がうじゃうじゃといるぞ、でもユラユラと陽炎のようで、見ようとしても見ることが出来ない。
「さぁ、始まりますよ。 赤コーナー、チャンピオンの大赤鬼の登場です」
「ぐわぁー」
いつの間にか、僕の目の前に大きな赤い鬼が現れていた、身長が僕の五倍はあるんじゃないか、こんなのと戦うなんて絶対に無理だ。
信じられないくらい怖い顔もしているぞ、もう泣きそうだ、足がガクガク震えて立っていられそうにないよ。
「良いぞ、大赤鬼」
「やっちまえ、食っちまえ」
「血をドバドバだ」
「青コーナー、挑戦者の〈ごうた〉少年だ。 名前だけは強そうです。 何秒持つかですね。 フォイト」
大赤鬼が僕の方へ、重い音を出しながらのしのしと歩いてくるけど、僕は少しも動けない、〈挑戦者がどうして僕なんだ〉と、考えることしか出来ないんだ。
恐怖で体が粘土のようになっている、かわいてカチカチだけど、逃げなくてはやられてしまうよ。
でもそれ以上に〈なぜ僕なんだ〉とグルグル頭が回ってしまうんだ、その事がおかしいとどうしても思ってしまう。
僕をつかもうと大赤鬼が伸ばした手に、〈コロボ〉がかみついた、大赤鬼はかみつかれたまま〈コロボ〉を振り回している。
「〈コロボ〉、危ない」と、僕は思わず叫んだけど、間に合わなかった。
〈コロボ〉は強く壁に叩きつけられて、「クゥン」と弱弱しく泣いて、その場で動かなくなってしまった。
「あぁ、〈コロボ〉」
僕は倒れて動かない〈コロボ〉に駆け寄って、その体を抱きしめた、心臓の鼓動は消えていない、体もあったかい。
本当に良かったよ、〈コロボ〉。
でも無茶し過ぎだ、けれど君はなんて勇気があるんだ、今度は僕の番だな。
「くっそ、よくも〈コロボ〉を」
僕はカッと頭に血が昇ったせいなのか、動けるようになったけど、ライオン並みの〈コロボ〉でもまるでかなわないんだ、どうしたら良いんだよ。
大赤鬼が近づくと、走って逃げているけど、こんな〈鬼ごっこ〉は続かないよ、僕は息が「はぁ、はぁ」言ってもう直ぐ走れなくなる。
大赤鬼は遊んでいるんだ、だけど僕にとっては遊びじゃない、命がかかっている〈鬼ごっこ〉なんだ、足が痛いよ、胸が苦しいよ、涙が出てしまうよ。