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弱さ

第二部、最終話。

 僕は、衰弱していった。本当に、急なことだった。

 メイさんが現れて一週間も立たないうちに、風邪を引いた。それが、なかなか治らなかった。

 ただの風邪だ。こじらせても問題ないはずだった。だが、予想すらしていなかったことが次々と起こった。

 僕は苦しんだ。風邪が長引き、呼吸が苦しくなり、意識がなくなった後、カオルさんが救急車を呼んでくれたらしく、間一髪のところで意識を取り戻した。

 だけど、事態は深刻だった。

 なぜか免疫系が異常に弱くなっているらしく、このままでは通常の弱い菌などでも重症化してしまうリスクを常に負うことになった。

 僕は病院の集中治療室に磔になった。

 僕の願いはただひとつだった。

 最後に、リコに、会いたい。

 でも、その願いは叶いそうもなかった。

 そうか。これが、罰なんだ。

 リコを殺した僕への。

 リコを殺した上に、一生懸命生きることすら放棄した僕への。

 きっと、僕は存在すら消されて、リコは僕のことを忘れるんだ。

 忘れられるんだ。リコに。

 そう思っただけで、胸が、焼き切れそうで、つらくて、悲しくて。

 朦朧とした意識で、そんなことを思いながら、僕は、誰にも会えず、ただ、ひとり、弱っていった。


 私が、悪かったのかな。

 私が、タクミを巻き込んじゃったのかな。

 きっと、そうなんだ。

 メイさまが言ってた。

 私とタクミは特別だって。

 私とタクミは、結ばれる運命だったんだって。

 そんなの、どうでもいい。

 私はタクミのことを愛してる。

 運命でも奇跡でもなんでもいい。

 だって、そうでしょ?

 愛した人と一緒にいたいって思うことの何がいけないの?

 なんで、たったそれだけのことを許してくれないの?

 ひどいよ。

 私は、ただタクミといっしょに居たいだけ。

 タクミの人生の一部になりたかっただけ。

 笑えるよね。

 タクミに忘れてほしくなかった。

 私のこと、忘れてほしく、なかった。

 それだけでよかった。

 それなのに。

 タクミを助けるためとかなんとか言って、けっきょく自分がまた会いたかっただけ。

 私が苦しめてるのに、また傷つけるようなこと言ってさ。

 馬鹿だよね、わたし。

 あはは。私さえいなければ、タクミは幸せだったのにな。

 私がいなくて。

 私の存在がなかったら。

 ……いやだ。

 タクミに会えないなんて、いやだ。

 タクミだけだった。

 私のこと、まっすぐ見つめてくれたのは。

 色眼鏡もなにもなくて。

 ああ、この人、きれいだなって。

 こんなきれいな人と一緒にいられたら、幸せだろうなって。

 ごめん。

 嘘ばっかりだった。

 初めて会ったときから、ずっとそう思ってたのに。

 つらい思いばっかりさせてごめんね。

 ねえ、タクミ。

 また会えるかな。

 お互いに忘れちゃっても、また、どこかで。

 ぜったい、また会おうね。


『リコちゃんッ!』

 誰……?

『諦めるのはまだ早いぞ! リコちゃんッ!』

 カオル……さん……?

『まだ最後の手段があるじゃないか!』

 最後の……? 最後ってなんだっけ……?

『私がタクミくんを生かし、君は私の中で生きる!』

 私の意識が、海から顔を出したように、はっきりする。

「カオル……さん!」

『リコちゃん! よかった……! もう戻ってこないかと思ったぞ!』

 あたりを見回す。いつものタクミの部屋だ。でも、なんでだろう。なんとなく違和感がある。

「あれ、わたし、どうなってるんですか?」

 いつもより視点が高い。腕を見る。すらっとして長い。鏡を見る。

「これ……カオルさんの身体!?」

『そうだ……すまない。君が意識を失っている間に、先に進めてしまった』

「ということは、カオルさんは私の中から喋ってるんですか!?」

『そうなる』

「カオルさん、これ、あの」

『いいんだ。気にするな』

「駄目ですよ! そんなの!」

『私は神の使いだぞ? そんな事を気にしてどうする』

「カオルさんが犠牲になるんですよ!?」

『犠牲とは言わない。私がしたくてしていることだ。それに』

「そう、でしたね」

『私の意識はなくなる。タクミくんの記憶もなくなる。タクミくんはリコちゃんを認識できない。リコちゃんだけが意識がある』

「地獄の始まりですか」

『そうだ。長い長い地獄のな』

「……分かりました」

『分かってくれたか』

「タクミとカオルさんとなら、地獄にも耐えてみせます」

『いい、心意気だ』

「はい」

『じゃあ、始めるぞ!』

 カオルさんが内側から気合の一声を放つ。光が体から溢れ、部屋全体へと広がっていく。

『カオル』

 メイさまが、カオルさんへ、最後の挨拶をしに来た。

『はい、メイさま』

『お勤め、ご苦労さまでした』

『はい……長い間、ありがとうございました』

『あなたは、馬鹿ですね、ほんとに』

『ありがとうございます』

『ふふふ……』

 光が収束して、いつもどおりの部屋になる。メイさまは、まだ消えていなかった。

『リコさん』

「はい」

 自分の声帯から、カオルさんの声がする。襲い来る違和感に、鳥肌が立った。

『これで、あなたは名実ともにカオルになりました。タクミさんと暮らすことができます。ただし』

「はい」

『タクミさんと暮らすことができるのは()()()です。リコさんではありません』

「分かっています」

『あなたはその狭間で苦しまなければなりません』

「……」

 分かっていた。これしかないことも。覚悟はしていたはずだった。

『私は、必ずまたリコさんのもとに現れます』

「わかり、ました」

『それまで、どうか、耐えてください』

「はい……」

 そう言って、メイさまは消えてしまう。

 まず、私がやるべきこと。

「タクミを、迎えに行かなきゃ」

 病院でひとり苦しんでいるタクミを、迎えに行かないと。

 そう、「カナイ・カオル」として。

 いまこの瞬間から。

 私を、「ウエサカ・リコ」と認識してくれる人は誰もいなくなる。

 タクミでさえも。


「失礼します」

 ノックして、タクミの病室に入る。

 病室には、遠くから駆けつけたおじさん、おばさんがいた。

「君は……?」

 ふたりが訝しげな顔をする。

 この時点で、私は傷つく。

 だけど、ふんばる。

「カナイ・カオルと申します。タクミさんと同棲させてもらっています」

「ああ! タクミの手紙に書いてあった方ですよ! お父さん!」

 おばさんが優しい笑顔でおじさんに話しかける。

「そうか……タクミの……これはすまない」

 おじさんが深みのある顔で謝る。

「いえ、初対面がこんな形になってしまって、残念です……タクミは、どんな様子ですか」

 初対面。

「なんとか一般病棟に移れた。先生も原因がわからないと言っていてな。前の病気のことといい、いったい何がどうなってるのか」

 ごめんなさい。

「でも、だいぶ落ち着いてきたみたい。あとは目を覚ましてくれればいいんだけど……」

 ごめんね、タクミ。

「そう、ですか……」

「そうだ。自己紹介が遅れてしまった。私はカムイ・ゴロウ。妻のカムイ・ミカだ」

「はい。よろしくお願いします」

 知ってた。

「う……」

 そのとき。

 タクミが少しうめき声を上げて、意識を取り戻したようだった。

「タクミ! 父さんが分かるか!?」

「タクミっ!」

「……」

 私は、嬉しい反面、悲しかった。

「父さん、母さん……」

「タクミ、よかった……」

 良くなかった。

「みんな……来てくれたんだね……」

「そうだぞ、タクミ! 私たちも、カオルさんも来てくれたぞ!」

「カオル……さん……?」

 私は少し期待していた。

「ありがとう、カオルさん……」

 その期待は儚かった。

 だけど。

「タクミ、涙が……」

 おじさんが指摘した通り、タクミから涙が、ぽろぽろと溢れだす。

 表情が崩れ、泣き出してしまう。

「タクミ、大丈夫……?」

 おばさんが心配している。

 私は不謹慎ながら、また期待していた。

「父さん、母さん、ちょっと、カオルさんと、二人に、してくれる……?」

 二人は顔を見合わせる。

「分かった。カオルさん、タクミのことを任せたよ」

「お願いしますね」

 ふたりはそう言って病室を出ていく。

 タクミと向き合う。

「カオルさん。ちょっと、こっちに来て、くれる?」

 タクミは泣きながら、そばの椅子に誘導する。

「どうしたの、タクミ?」

「手を貸して」

「う、うん」

 タクミが、左手を出す。

 それって。

「握って、くれる?」

「え、ええ」

 私がタクミの差し出した左手を、両手で握る。

 タクミが、また強く泣き出す。

「大丈夫? タクミ……?」

 私は、期待と不安で、心が締め付けられた。

 タクミが、泣きながら、ふっと、笑う。

「不思議、なんだ。大事な人が、遠くに行った、気がする。でも、こうして、カオルさんが、近くにいると、その人が、戻ってきたような、気がしてさ」

「……っ!」

 手を握る私の目からも、涙が、溢れ始めた。

「ねえ、カオルさん。ずっと、そばに、いてくれる?」

「タクミ……」

 それは、プロポーズに近かった。

「もちろんだよ、タクミ……」

 私は、泣いて喜びたかった。

 でも、タクミがプロポーズしたのは私であって、私じゃない。

 でも、私の存在をかすかに感じてくれてる。

 その狭間で、沈んでいく。

 気づいたら、私は、嗚咽を漏らしながら泣いていた。

「カオル、さん……?」

 泣きじゃくる私を、不思議そうに見つめるタクミ。

「よしよし、よしよし……」

 手をさすって、タクミがなだめてくれる。

 私は、さらに激しく泣き出してしまう。

「水守島に、帰ろうよ」

「うん……うん……」

「思い出がいっぱい詰まってる、あの島に」

「うん……」

 このとき、私は気づいてなかった。

 私にとって水守島は故郷だけど。

 カオルさんにとっては故郷じゃない。

 タクミは分かってたのかな。

 分かってるはず、ないのに。

 いつも、いつも。

 なんで、こんなに。

 そう。

 これが、私の地獄の始まり。

 これが、私の天国の始まり。

 半分はカオルさん。

 半分は私。

 どっちでもない私たちの、葛藤の結婚生活が、始まるんだ。


 続く


ええ。第二部は、なあんにも起こってません。

ですが、リコとカオルの人格を理解してもらうためには、重要な部になりました。

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