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ゆめまぼろし

タクミ三部作、第二部、第一話。

 リコと僕の別れから八年。

 僕の人生は、最悪だった。

 最初はみんな同情してくれた。

 それに、功績もあった。

 でも、もう、みんな忘れてしまった。

 すべてを。

 僕は、忘れなかった。

 そこで、ずれが生じた。

 僕は何度も死のうと思った。

 希死念慮は何度も波になって襲ってくる。

 それでも、耐えた。

 ただ。

 耐えた。

 耐えるのに精一杯で、息をすることを忘れた。

 息をできない人間に周りは厳しい。

「そんなこともできないのか」という目で僕を見てくる。

 生きることはなによりも優先されることか?

 生きてて当然か?

 違う!

 とっくの昔に僕は生きる意味を見失っていた。

 社会規範とか、自殺は罪だとか、地獄に堕ちるとか、周りに迷惑がかかるとか、そんなこと。

 どうだっていいんだよ!

 死んだらリコに会えるかもしれない。

 でも、リコは絶対にそんなこと望まない。

 その葛藤で僕は生きてる。

 ああ、そうだよ。

 未練しかないよ。

 あれだけ選ばせてもらって、自分で選んで、最後に会うことすらできた。

 それでも。

 それでも僕は許せない。

 自分が、許せない。

 リコに会いたいんだよ。

 こんな自殺願望のあるクソ未練野郎に会っても、リコは喜ばないかもしれない。

 それでもいい。

 軽蔑されてもいい。

 なんだっていい。

 リコに、会えるなら。


 生活保護。

 いまの日本で弱い立場の人間を助ける制度。

 僕は、その恩恵を強く受けていた。

 まさか、こうなるとは。

 リコがいないだけでこんなに悲惨なことになるとは、あの頃は夢にも思っていなかった。

 いまや、他人が納める税金で食わせてもらっている身分だ。

 心ないやつらからは、「社会のゴミ」と言われるらしい。

 だけど、仕方ない。

 いまの僕は、そんなもんだ。

 うつにもなって不定期に希死念慮の波がある状態じゃ危なくて仕事もできない。

 そもそも、僕はそんな前向きに生きられる状態じゃなかった。

 父さんと喧嘩して西京(さいきょう)に出てきて、生活保護でアパートに住んで、それっきりだ。

 なにもしてない。

 最終学歴は中学だ。

 別にそれでいい。

 もともと学歴なんて嫌いだったし。

 ま、控えめに言っても絶望的だった。

 保護されてなんとか生きてる。

 ただそれだけだった。

 今日もちょっと近くのコンビニに行って、食料飲料を調達して帰るところだった。

 いつもの階段をカンカン上がって、二階の真ん中の扉の前で鍵を探す。

 鍵、鍵……。

 その時、ガチャッと音がして扉が開いた。

「えっ……」

 泥棒か!?

 鉢合わせたらまずい。

 でも、泥棒が鍵をかけるか?!

 とにかく逃げようとして体をひねったところで、腕を掴まれて中に引きずり込まれた。

「ひいっ……ごめんなさい、許して……」

「情けない」

「えっ……」

 この声。

「メイさまから大体のことは聞いてたけど、ほんとに腑抜けね」

「リっ」

「タクミッ!」

 めちゃくちゃ怒ってる。

 リコが、怒ってる。

「リコっ、その姿っ」

 大人になってる。

 綺麗だ。

「そんなことどうでもいいッ! あんた、自分がなにしてるか分かってんのッ!?」

「なにって」

「あんた、希望を与える存在になるんじゃなかったの」

 声のトーンが物凄い下がる。

 懐かしい。

 怖い。

「いや、だって」

「だってじゃないんだよッ!」

「ごめんなさい……」

「そうやって卑屈になって謝って、迷惑かけたくないからとか言って、結局なにもしない、できない、そんな人間にあんたはなりたかったのかって言ってんの」

「……僕だって」

「なによ」

「僕だって必死に生きてんだよっ! 自分の罪の意識に苛まれながら、リコを失った悲しみを背負って、なんとか生きてる」

「……」

「分かってくれよ。これでも頑張ってるほうなんだよ」

「……甘えんじゃ、ねぇよ」

「え?」

「甘えてんじゃねえよッ!」

「ひっ」

 なにか急激な力でリコのほうに引き寄せられる。

 胸ぐらを掴まれる。

「お前がどんな気持ちか分からねぇけどな。責任と覚悟はどこいったんだよ」

 リコの声にドスが効いている。

 あれ、こんなキャラでしたっけ。

「うう……」

「いますぐぶっ殺してやろうか!? あぁん!?」

「はは……は……リコに、殺されるなら……」

「それが、間違いなんだよ」

 リコの声が、急に悲しみをはらむ。

 僕は床に投げ捨てられる。

「いつまでたっても、『リコ』『リコ』ってさ。私に依存するのやめてくれないかな」

「そんな言い方」

「私はもうとっくに死んでるんだよ。昔のあんたのままだったら、私のことを忘れることもできた」

「忘れるなんて、そんな」

「だから、情けないって、言ってんの」

「リコ、なんか変わったね」

「十二歳の私のままだったらよかった? 『大好き』って言ってほしかったの?」

「それは……」

「いまのあんたに私は愛情なんて抱けない」

「そんな」

 僕は立ち上がってリコに近づく。

「僕が、一生懸命生きてないから?」

 リコの肩を掴もうとする。

「僕がいつまでたっても成長しないから? ……うわっ」

 手が、すり抜ける。

 体勢を崩す。

「なに、これ」

「いまのあんたに、私は触らせない」

「うっ」

「あんたが前向きに生きられるまで、私はこの家に取り憑く。でも、あんたには触らせない。触らせるかどうかは、私が決める」

「リコ……」

「じゃあね」

 リコが、消えてしまった。

 いまのは、何だったんだ。

 妄想か?

 幻覚か?

 ついに頭がおかしくなったか?

 夢か?

 奇跡か?

 なんなんだ?

 なんか、ものすごい疲労感を覚えて、廊下の壁によりかかりながら布団の方に向かう。

 そのまま、倒れ込んだ。

 夢を見た。

『私のせい、よね』

 リコ?

『違います。あなたは立派に責任を果たしました』

 メイ、さん?

『タクミを、助けたい』

 リコ……。

『タクミさんの願いで、あなたを送ることができます』

 僕の、願い?

『お願いします』

 ありがとう。

『あなたたちは、どこまでいっても、希望なんですね』

 希望、か。

『そんな大層なものじゃないですよ。ただ、私は』

 ただ?

『……いえ。タクミのやつ、蹴飛ばしてやらないと』

 ごめんな……。

 不甲斐ない僕で、ごめん。


「う、ううん……」

 なんかいい匂いがする。

「あれ……」

 明らかにご飯の匂いがしてる。

 誰だろう。

 もしかして。

「リコ……?」

「起きた?」

 狭い家だ。

 誰かいればすぐ分かる。

 リコが、料理を作ってた。

「リコ、それ」

「ああ、冷蔵庫にあったもの使わせてもらったわよ」

「そうじゃなくて」

「あんたが触れないだけで、それ以外は普通に触れるのよ」

「おいおい、僕だけひどくないか」

「自業自得ね」

「ひどい……」

「ぜんぶ知ってんのよ。『リコ……リコ……』っていつもいつも。ほんっと、情けない」

「うう……」

「とりあえず、当分の間はあんたの世話してやるから覚悟なさい」

 僕にとっては、天国だった。

 リコと同居生活?

 願ってもない。

「そのかわり、言いたいことはいくらでも言うわよ。あんたに私は殺せないからね」

「殺すなんて、そんな」

「自分も殺せないやつに私は殺せないか」

「それはさすがにひどい」

「ふふっ」

 リコが、笑ってる。

「うっ……うっ……」

「なに泣いてんのよ」

「もう、二度と、リコの笑顔なんて、見られないと、思ってた」

「ばかね」

 ハンカチがどこからか飛んできて、僕の目の前で浮かぶ。

「拭きなさいよ」

「ありが、とう」

 こうして、僕たちの生活は始まった。

 八年ぶりの、幸せだった。

 それも、特上の。

「リコも、食べるの?」

「なあに、食べちゃいけないの?」

「いや、不思議だなって」

「うーん、おいしい! 私、天才かも」

「ま、いっか」

 食事が、ほんとに久しぶりに、意味を持った。

 食事って、こんなにおいしかったんだ。

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