桜守りの約束
江戸時代末期、京都郊外の小さな村に、樹齢千年を超える一本の巨大な桜の木があった。村人たちは、この桜を「母なる桜」と呼び、大切に守り続けてきた。
その村に、幼い頃から桜の世話をすることを生きがいとしていた青年・桐山がいた。彼は「桜守」として、母なる桜の手入れに日々を捧げていた。
ある春の日、桐山は母なる桜の根元で、不思議な少女と出会う。少女は桜の精のように美しく、その姿は桜の花びらのように儚げだった。
少女は桐山に語りかけた。「私はこの桜の精。長年の間、あなたがこの木を大切にしてくれたことを見守ってきました」
桐山は驚きながらも、少女と親しく語り合うようになった。少女は桜にまつわる古い言い伝えや、木々の秘密を桐山に教えてくれた。
しかし、その頃、村には新しい道路を作る計画が持ち上がっていた。その計画では、母なる桜を切り倒すことになっていたのだ。
桐山は必死に村人たちを説得し、桜を守ろうとした。しかし、多くの村人たちは発展のためには仕方がないと考えていた。
苦悩する桐山に、少女は告げた。「この桜には、村を守る力があるの。でも、それを目覚めさせるには大きな犠牲が必要なの」
桐山は決意した。「僕が、その犠牲になろう」
桜の伐採が決まった日、桐山は一人で母なる桜の前に立ちはだかった。
「この桜を切るなら、まず僕を切らなければならない」と、桐山は叫んだ。
その時、不思議なことが起こった。桜の幹から、大量の花びらが吹き出し、辺り一面を覆い尽くしたのだ。花びらの中から、桜の精である少女が現れた。
少女は村人たちに語りかけた。「この桜は、長年この村を見守り、災いから守ってきました。これを切り倒せば、村は大きな禍に見舞われるでしょう」
村人たちは我に返り、母なる桜を切り倒すことをやめた。そして、桜を中心とした新しい町づくりを始めることを決めたのだ。
しかし、桜を守るための犠牲は必要だった。桐山の体は、次第に桜の幹へと溶け込んでいった。
「私は、これからもこの村を、そしてあなたを見守り続けます」
それが、桐山が人間としての最後に聞いた、少女の言葉だった。
それ以来、母なる桜は一段と美しく咲くようになった。そして、満開の夜には、桜の精と若者が寄り添う姿が見えるという。
村人たちは、この桜を「恋人桜」と呼ぶようになり、今でも大切に守り続けている。そして、この桜の下で誓いを立てれば、必ず結ばれるという言い伝えが、今も語り継がれているのだ。




