祇園の舞姫
明治時代初期の京都、祇園の花街に一人の舞妓がいた。その名を小菊といい、まだ十六の若さながら、その舞の美しさは多くの人々を魅了していた。小菊の舞は、まるで花びらが風に舞うかのように優雅で、見る者の心を奪った。
しかし、小菊には秘密があった。彼女は生まれつき足が不自由で、本来なら舞妓になることさえ難しかったのだ。それでも、小菊は昼夜を問わず猛練習を重ね、その障害を克服してきた。
ある日、都から訪れた若い画家の一郎が、小菊の舞に心を奪われた。二人は次第に惹かれ合うようになり、やがて結婚を約束するまでになった。
しかし、幸せはつかの間だった。ある夜の公演中、小菊は突然倒れてしまう。診察の結果、彼女の体は長年の無理がたたり、もはや舞うことはおろか、歩くことさえ難しくなっていたのだ。
小菊は絶望の淵に立たされた。舞えなくなった自分に、もはや価値はないと感じたのだ。一郎は小菊を慰め、「君の魂の美しさこそが大切なんだ」と伝えたが、小菊の心は癒えることはなかった。
ある月夜、小菊は一人で祇園の裏通りを車椅子で進んでいた。そこで彼女は、不思議な老婆と出会う。老婆は小菊に「最後の舞」を踊る機会を与えると告げた。
「ただし、その代償は高いぞ」と老婆は警告した。しかし、舞うことしか考えられない小菊は、すぐに承諾した。
翌日、祇園の茶屋で大きな宴が開かれた。そこに小菊が現れ、舞を披露すると告げた。集まった人々は驚いたが、次の瞬間、さらに大きな衝撃を受けた。
小菊の舞は、これまで誰も見たことがないほど美しかったのだ。まるで重力から解放されたかのように、小菊は宙を舞っていた。その姿は幻想的で、まるで此岸と彼岸の境界で舞っているようだった。
舞が終わると、小菊の姿は薄れていき、最後には桜の花びらとなって、夜空に消えていった。
人々が驚きのあまり声も出せずにいる中、一郎だけが真相を悟った。小菊は自らの命と引き換えに、最後の舞を捧げたのだ。
それ以来、祇園の花街で、満月の夜に美しい舞姫の幻が見えるという噂が広まった。人々は「祇園の舞姫」と呼び、その姿を一目見ようと訪れる者も多い。
一郎は画家として成功し、生涯をかけて小菊の舞を描き続けた。彼の描く舞姫の絵は、見る者の心に不思議な感動を呼び起こすという。そして、一郎の最期の時も、枕元に小菊の姿が現れ、二人は再び永遠の愛を誓ったという。
今も祇園の路地裏を歩けば、どこからともなく鈴の音が聞こえ、桜の花びらが舞い散ることがある。人々は、それが小菊の魂が今もなお舞い続けている証だと信じている。