風鈴の囁き
江戸時代末期、京都の片隅に風鈴職人・源兵衛の家があった。一人娘の小夜が重い病に倒れてから、彼は狂ったように風鈴を作り続けた。その音色は涼やかではなく、娘の命をこの世に繋ぎ止めようとする父の執着を映したかのように、悲痛な響きを立てていた。
「小夜、父の音が聞こえるか。この音がお前の命を繋ぐのだ」
源兵衛は寝食を忘れ、工房に籠った。しかし、彼の願いも虚しく、小夜は静かに息を引き取った。
娘の死を受け入れられない源兵衛の狂気は、さらに深まった。彼は小夜の魂を呼び戻そうと、一層必死に風鈴を作り続けた。ある嵐の夜、工房中の風鈴が、風に煽られて不協和音を奏でた。その耳を찢くような音の中に、源兵衛は娘の声を聞いた。
「父上、もうやめてください」
振り返ると、そこに小夜の半透明の姿があった。彼女は悲しげに微笑んでいた。
「父上の想いが、私の魂をこの世に縛り付けています。どうか、私を手放してください」
「何を言うのだ、小夜! お前はここにいるではないか!」
源兵衛が娘を抱きしめようと伸ばした腕は、虚しく空を切った。その瞬間、彼が作り上げた風鈴たちが、まるで怨念の塊のように禍々しい音を立て始めた。彼はその音に恐怖し、初めて自分の行いが、愛する娘の魂を苦しめているのだと悟った。
「すまなかった…すまなかった、小夜…」
源兵衛は涙ながらに、最後に作り上げた風鈴を手に取り、床に叩きつけて砕いた。その瞬間、工房を埋め尽くしていた全ての風鈴が、まるで浄化されたかのように、澄み切った美しい音色を一度だけ奏でた。
「ありがとう、父上」
小夜の穏やかな声と共に、その姿は光の粒となって消えていった。
嵐が過ぎ去った朝、源兵衛は工房の風鈴を全て片付けた。そして、たった一つだけ、新しい風鈴を作った。その音色は、悲しみを乗り越えた先の、深く静かな安らぎに満ちていた。




