石灯籠の守り人
遠い山奥の寺院に、千年の歴史を持つ石灯籠があった。苔むした灯籠は、幾多の嵐や地震にも耐え、変わらぬ姿で参道を照らし続けていた。地元の人々は、この灯籠に不思議な力があると信じていた。
ある夏の夜、若い僧侶の良円が、その寺に赴任してきた。彼は都会で育ち、迷信などは信じない合理的な考えの持ち主だった。良円は石灯籠の伝説を聞いても、ただの古い石灯籠にすぎないと思っていた。
赴任して数日後、良円は夜の参道を歩いていた。月明かりに照らされた石灯籠の姿が、不思議な存在感を放っていた。ふと、良円は灯籠の中に小さな光を見つけた。
「誰かが灯籠に火を灯したのか?」と思いながら近づくと、光は消えた。不思議に思った良円が灯籠をのぞき込むと、中から小さな声が聞こえた。
驚いた良円が後ずさりすると、灯籠から小さな老人が現れた。その姿は半透明で、月光に溶けそうだった。老人は何も言わず、ただ弱々しく揺れる灯籠の光を指さし、「光が…」とだけ呟いた。
良円は混乱していた。目の前で起こっている出来事が、彼の理性では説明できなかった。
その時、遠くで子供の泣き声が聞こえた。老人は「あれは迷い子じゃ」と言い、光となって闇の中へ飛んでいった。良円は半信半疑でその後を追った。
森の中で、良円は迷子の少年を見つけた。老人の光が少年を優しく包み、安心させていた。良円は少年を抱き上げ、村へと連れ帰った。
翌朝、良円は昨夜の出来事が夢だったのではないかと思った。しかし、少年の両親が礼に訪れ、息子が「優しいおじいさんの光」に導かれたと話すのを聞いて、良円は昨夜の経験が現実だったことを悟った。その後も、嵐の夜に灯籠の光だけが不思議と消えずに村への道を照らし続けたり、病に苦しむ村人が灯籠に祈った後に快方に向かったりと、説明のつかない出来事が続いた。良円の合理主義的な世界観は、静かに、しかし確実に揺らぎ始めていた。
その日から、良円は石灯籠を大切に守るようになった。毎晩、灯明を灯し、丁寧に手入れをした。するとある夜、再び老人が現れた。
老人は良円自身の胸を指し、「お前の中にも…光は在る」とだけ告げて、穏やかな笑みを浮かべながら消えていった。
良円は頭を下げた。「いいえ、私こそ教えられることばかりです」
それ以来、石灯籠はより一層明るく輝くようになった。人々は再びこの灯籠に祈りを捧げるようになり、寺には活気が戻った。
良円は歳を重ねるごとに、目に見えないものの大切さを理解していった。彼が守っていたのは、もはや石灯籠だけではなかった。自らの内に見出した信仰の光と、村人たちの安寧だった。そして人々は、いつしか彼を「灯籠の守り人」と呼ぶようになったのである。