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本能寺の火影

明治も終わりに近づいた頃、京都の本能寺を訪れた一人の外国人がいた。その男の名はトーマス・ブレイクといい、日本の歴史に深い関心を持つ学者だった。彼は特に戦国時代、そして織田信長の最期の地である本能寺に強い興味を抱いていた。


本能寺に着いたブレイクは、寺の老僧に案内を頼んだ。老僧は最初、外国人に寺の秘密を語ることをためらっていたが、ブレイクの真摯な態度に心を開き、ついに語り始めた。


「この寺には、毎年六月二日の未明に不思議な現象が起こるのです」と老僧は静かに言った。「本堂に、かすかな炎の揺らめきが見える。そして、甲冑の音と、刀を交える音が聞こえるのです」


ブレイクは興味をそそられた。「それは、本能寺の変の再現のようですね」


老僧は頷いた。「そうです。しかし、それだけではありません。その現象を目にした者は、その後、不思議な夢を見るのです。信長公の最期の瞬間を、まるで自分がその場にいたかのように」


ブレイクは、どうしてもその現象を自分の目で確かめたいと思った。彼は老僧に頼み込み、六月二日の夜、本堂で過ごす許可を得た。


約束の日、ブレイクは本堂で一夜を明かすことになった。真夜中を過ぎ、辺りが静まり返った頃、突然、かすかな光が本堂を照らし始めた。それは確かに炎の揺らめきのようだった。


そして、耳を澄ますと、微かに甲冑のこすれる音と、刀の打ち合う音が聞こえてきた。ブレイクは息を呑んだ。これは幻覚なのか、それとも本当に過去の出来事が再現されているのか、彼には判断がつかなかった。


やがて、光と音は消えていった。ブレイクは興奮と恐怖が入り混じった状態で、その場に座り込んだまま夜明けを迎えた。


翌朝、疲れ果てたブレイクは宿に戻り、深い眠りについた。そして、彼は夢を見た。


夢の中で、ブレイクは本能寺の中にいた。周りは炎に包まれ、至る所で戦いが繰り広げられている。彼は、まるでその場にいる一人の武将になったかのような感覚だった。


そして、彼は織田信長らしき人物を見つけた。信長は、静かに座っていた。その表情には、怒りも恐れもなく、ただ深い諦めと、何か悟ったような静けさがあった。


ブレイクは信長に近づこうとしたが、その時、激しい痛みと熱さを感じて目が覚めた。


目覚めたブレイクは、自分の体に軽い火傷があることに気がついた。それは夢の中で感じた熱さの名残のようだった。


彼は急いで本能寺に戻り、老僧に夢の内容を話した。老僧は深くため息をついて言った。


「あなたは、信長公の最期の瞬間を体験されたのでしょう。しかし、気をつけなければなりません。過去の出来事に深く関わりすぎると、現在の自分を見失う危険があります」


ブレイクは、自分が経験したことの重大さを理解し始めた。彼は、この体験を論文にまとめようと考えたが、どこか躊躇いを感じた。


数日後、ブレイクは再び本能寺を訪れた。そこで彼は、本堂の隅に小さな位牌が置かれているのを見つけた。それには「南無阿弥陀仏 織田信長公」と書かれていた。


ブレイクはその前に跪き、静かに祈りを捧げた。彼は、自分が体験した不思議な現象の意味を、完全には理解できていなかった。しかし、歴史の中に埋もれた人々の思いや、過去と現在のつながりの深さを、身をもって感じていた。


その後、ブレイクは日本の歴史研究を続けたが、本能寺での体験については誰にも語らなかった。ただ、毎年六月二日になると、彼は必ず本能寺を訪れ、静かに祈りを捧げるのだった。


今でも、本能寺を訪れる人々の中には、六月二日の未明に不思議な炎の揺らめきを見たという者がいる。そして、時折、外国人らしき男性の幻影が、本堂で静かに座っているのを目撃したという噂もある。


それは、過去と現在をつなぐ糸を手繰り寄せ、歴史の真実を見極めようとする者たちの、永遠の探求の象徴なのかもしれない。

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