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奥入瀬の河童花嫁

明治時代中期、十和田湖から流れ出る奥入瀬川の畔に小さな村があった。そこに、美しい娘・れんが住んでいた。蓮は幼い頃から川と特別な繋がりを持ち、川の声を聞き、水の精霊を見ることができると言われていた。


村では、奥入瀬川に住む河童の伝説が古くから語り継がれていた。河童は時に災いをもたらすが、敬意を払えば豊作と平安をもたらすとも信じられていた。


ある夏の日、都から来た画家・葉山が村を訪れた。彼は奥入瀬川の美しさに魅了され、その風景を描くために滞在していた。葉山は蓮の美しさと神秘的な雰囲気に心を奪われ、彼女をモデルに絵を描きたいと願った。


蓮は最初、躊躇したが、やがて承諾した。二人は川のほとりで時を過ごすようになり、次第に惹かれ合っていった。


しかし、奇妙なことが起こり始めた。葉山の描く絵に、蓮の姿と共に、不思議な緑色の生き物の影が映り込むようになったのだ。村人たちは、それを河童の仕業だと噂した。


ある夜、蓮は夢の中で河童の王に会った。王は彼女に告げた。「お前は、はるか昔、我々の仲間だった。人間として生まれ変わったが、今こそ川に戻る時だ」


蓮は葛藤に苦しんだ。彼女は葉山を愛していたが、同時に川への強い帰属感も感じていた。


満月の夜、蓮は決意を胸に秘め、奥入瀬川の最も美しい渓谷へと向かった。葉山は彼女の後を追った。


渓谷に着いた蓮は、川面に映る満月を見つめながら歌い始めた。その歌声は、川のせせらぎと風の音、木々のざわめきと溶け合い、幻想的な音楽となった。


突然、川から無数の光の粒が立ち昇り、蓮の周りを舞い始めた。彼女の体が徐々に透明になっていくのが見えた。


駆けつけた葉山は、驚愕の表情で叫んだ。「蓮、行かないでくれ!」


蓮は振り返り、優しく微笑んだ。「葉山さん、私は川そのものになるの。でも、あなたの心の中で、いつまでも生き続けます」


その瞬間、蓮の姿は光となって川に溶け込んでいった。川面には、一輪の蓮の花が静かに浮かんでいた。


それ以来、奥入瀬川は一層美しさを増し、水害も起こらなくなった。葉山は生涯、川のほとりに住み、蓮と河童をモチーフにした絵を描き続けた。


今でも、満月の夜に奥入瀬渓流を訪れると、美しい歌声と、水面に映る娘と河童が寄り添う姿が見えることがあるという。蓮は、人間と河童、自然と人間の仲立ちとなって、今もなお奥入瀬川を見守り続けているのだ。

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