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菊の絵師の約束

明治時代初期、京都の東山に住む菊の絵師・菊丸は、その繊細な筆致で名を馳せていた。彼の描く菊の花は生きているかのように美しく、見る者の心を奪った。


ある秋の日、菊丸のもとに一人の貴族の娘・雪香が訪れた。彼女は病に冒されており、余命幾ばくもないと告げられていた。雪香は最後の願いとして、菊丸に自分の肖像画を菊と共に描いてほしいと頼んだ。


菊丸は雪香の儚さに心を動かされ、渾身の力を込めて肖像画を描き始めた。日に日に衰弱していく雪香を前に、菊丸は必死に筆を走らせた。


絵が完成に近づくにつれ、不思議なことが起こり始めた。菊丸の描く菊の花が、夜になると淡く光を放ち、香りを漂わせるのだ。そして、雪香の容体が少しずつ回復していくのであった。


しかし、絵の完成が近づくにつれ、今度は菊丸の体が弱っていった。それでも彼は絵筆を止めなかった。


ついに絵が完成した日、菊丸は倒れ、意識を失った。


菊丸が目覚めたのは、三日後のことだった。彼が描いた肖像画は、そこにはなかった。驚いた菊丸は、雪香の様子を知ろうと屋敷を訪ねた。


そこで彼を待っていたのは、信じられない光景だった。雪香は病から完全に回復し、まるで絵から抜け出してきたかのように美しく健康な姿で立っていたのだ。


しかし、部屋の隅に置かれた鏡に映る雪香の姿は、半透明だった。雪香は悲しげに微笑んで言った。


「菊丸さん、あなたの魂の籠った絵のおかげで、私は生きることができました。でも、それは仮の姿。私の本当の魂は、あなたの描いた菊の中に生き続けているのです」


菊丸は震える声で尋ねた。「では、私たちはこれからどうすれば...」


雪香は優しく答えた。「私たちの魂は、既にあなたの絵の中で永遠に結ばれています。どうか、生きている人々のために、美しい菊を描き続けてください。そして時々、私のことを思い出してください」


その言葉と共に、雪香の姿は淡く光を放ち、菊の花びらとなって風に舞い散った。


それ以来、菊丸の描く菊の絵には不思議な力があると噂されるようになった。その絵を見る者は、心に深い安らぎを覚え、時に大切な人の面影を感じるという。


菊丸は生涯、菊を描き続けた。そして晩年、彼の最後の作品には、菊の花々に囲まれた美しい少女の姿が、かすかに描かれていたという。


今でも、秋の夜に東山を訪れると、どこからともなく菊の香りが漂い、淡い光を放つ花々の中に、二人の魂が寄り添う姿を見ることがあるという。

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