海女の涙石
伊勢の海女・真珠は、恋人・一郎との将来のため、海の神の禁忌とされる「涙石」を都の宝石商に売ってしまった。その日から、村の海は荒れ、魚は姿を消した。そして真珠自身も、海に潜る力を失ってしまった。
海の神が直接言葉を告げることはなかった。だが、真珠は村の災いと自らの変化が、涙石を陸に上げた祟りであると直感していた。彼女は、ただ許しを乞うのではなく、自らの手で過ちを正そうと決意する。
「一郎さん、私が海を怒らせてしまった。私が、涙石を取り戻します」
一郎は、結婚資金のために涙石を売ることを後押しした自分を責め、真珠と共に旅立つことを決意した。二人は苦労の末、宝石商から全ての涙石を買い戻した。
満月の夜、真珠は涙石を抱いて海に入った。彼女が石を一つずつ海底に返していくと、荒れていた海は次第に凪を取り戻していった。最後の石を置いた瞬間、真珠の体は青い光に包まれ、そのまま深い海の底へと吸い込まれるように消えていった。
「真珠!」
一郎の叫びは、静かになった海に虚しく響いた。
翌朝、浜辺には一粒の、見たこともないほど美しい青い真珠が打ち上げられていた。それが真珠の魂の化身なのか、それとも海の神が流した赦しの涙なのか、誰にも分からなかった。
一郎は生涯、その青い真珠を御神体として祀り、海の守り手として生きた。彼が海に出る日は、不思議と海は穏やかで、大漁に恵まれたという。真珠が海の神となったのか、それとも海の怒りに呑まれたのか、その真相は今も謎のままである。




