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俺たちが付き合うまでの3日間

作者: 155

よろしくお願いします

 腕時計を見ると11時43分だった。


「そろそろお開きにしようぜ。さすがに終電がなくなると困るんでな」


 今日は大学の友だち同士の飲み会。夕方から飲み始めてもうすぐ日を跨ごうって時間までになっている。


「そだな。おれ明日1限からコマ取ってたんだ」

「おまえそれ絶対に行かないやつだろ?」


 もう帰るっていうのにいつまでも話は尽きない。それはいいんだけど本当に帰れないのは困るのでさっさと席に座っている奴らを急き立てて店を出る。




「じゃなぁー、ナル! 気をつけて帰れよ~」

「そのままおまえにその言葉返すよ。足元フラフラだぞ。じゃぁな」


 友だちとは使う路線が違うので店の前で解散した。


 さっき43分だたんだから体感的にそろそろ終電が近いに違いない。

 強い酒もいくらか飲んだからここで走るとリバースの可能性を否定しきれない。故に、走らずになるべく早足で駅に向かっていく。


 駅が見えてきたところで再度腕時計を見た。


 11時43分。


「え?」


 なんとどうにもこうにも具合のいい加減で時計が止まっている。所謂電池切れというやつなのだろうか。よく見ると23時ではなく午前の11時なのに気づく。


 いや。今はそんなことに構っている場合じゃなかった。

 最終電車が行ってしまう前にどうにか駅のホームにたどり着かないと。


 もう悠長に鞄に仕舞ってあるスマホを取り出して時刻を確認するほど余裕がないことぐらいはなんとなく分かる。


 改札口(ゴール)が見えて、自動改札を通ろうとすると――。


 ピーピーピー!


 何らかのエラーでカードが読み込んでもらえない!?


「ちくしょっ」


 慌てて券売機に向かおうとすると、改札に入ろうとする女性とぶつかってしまう。彼女もきっと最終電車に乗る人だろう。


「すみません! どうぞ」

「あ、はい」


 とりあえず彼女に通路を譲って急いで切符売り場に向かうが、券売機は眼の前で取扱中止に。要するに最終電車はもう行ってしまったということらしい。


「……やっちまった」


 改札口前で消えていく電光掲示板を眺めて茫然自失しているとさっき俺がぶつかってしまった女性がホームから戻って来た。


「乗れませんでしたか?」

「ええ、そうなりますね。さて、どうしましょう?」

「どうしましょうねぇ。えっと、このあとお暇だったりしますか?」

「そうなりますね。実はわたし、つい今しがた暇を持て余し始めたところなんですよ」


 ナンパがしたかった訳では無いが、酒も入っていたことで同じ境遇の彼女につい声を掛けてしまった。

 実際タクシーでこのまま自宅まで帰るというのはお財布事情の厳しい大学生にかなり辛いし、ビジホも昨今のインバウンドがなんたらってことで気安く泊まることは出来なくなっている。そうなると行き先は漫喫だったり――。





「こーえーをあげーてっ♫」

「あい~を語ろーっ♪」


 結局二人で駅の近くにあった24時間営業のカラオケにやってきた。深夜帯時間無制限お一人様1000円はリーズナブル以外ない。


「あーっ、自己紹介するの忘れてましたーっ! わたし、蒲原朱音(かもはらあかね)って言います。清韻大学の2年で先月二十歳になりました! いえーい」


「じゃぁ俺もー! 成井渚(なるいなぎさ)ですっ。海なし長野生まれなのに海にちなんだ名前を付けられました! 東臨の2年! 同い年だねー!! いえーいぃ!」


 渚というのは水際って意味だから湖だろうと河川だろうと関係ないんだろうけど、俺の親は海を思い浮かべて名前をつけたと言っていたんだから俺の主張は間違ってない。



 彼女もまた友人たちと飲み会だったらしい。駅に向かう途中でついコンビニに立ち寄って甘いものを買っていたのが敗因となり終電を逃したというのが顛末。彼女はそのコンビニで買った甘いもの――プリンを美味しそうに食べていた。

 まあ似たような境遇ということで意気投合してこうやってカラオケに来ているのだけど、諸々どうでもいいくらいに彼女の歌の選曲がなんとも俺の琴線に触れていて嬉しい。ちょうどいいように酔っているようで二人で馬鹿みたいにはしゃいでいる。





 ……朝までカラオケするつもりだったけどさすがに3時間も歌うと疲れてくるし、喉もガラガラになってしまった。無音のカラオケボックスほど虚しいものはない。


「出る?」

「ん……。この近くに29時まで営業している居酒屋があるけどそこに行こうか? 歌ったら小腹減ったし、酔いも覚めたでしょ?」

「おっけ。じゃ移動ってことで」




 平日の夜中の3時過ぎだというのに客の姿もちらほら。みんなも俺たちみたいに終電を逃してしまった感じなのだろうか? それにしても29時という概念は何なのだろう。


「では改めまして、かんぱーい」

「かんぱーい」


 改めて飲み直す。時間も時間なので深酒はしないつもりだけどね。

 胃に優しそうなつまみもいくつか頼む。この時間に酒のんで食っているのだから優しいも何もあったものではないというのは隅っこの方に置いておこう。


「そーいえばさー、さっき蒲原さん梟クライシス歌っていたじゃん。ふくクラ好きなの?」

「え? 成井くんふくクラ知っているの? わー! 嬉しい! 周りにふくクラ認識してくれている人ぜんぜんいないから感激だよ」


 梟クライシスは男3人女2人のボーカルユニット。メジャーデビューはしているもののあまりヒットチャートに登ってくることはなく知る人ぞ知る、知らない人は全く知らないと言った存在。

 俺は彼らがデビューの頃から好きで、シングルの楽曲は全部ダウンロードで買っているし、なんならCDも聞く用と保存用の2枚買うくらい好きだったりする。


「ダウンロードと音の違いとかあるのかな? CD」

「違うとは思うんだけど、プレーヤー自体違うから正直良く分からなかったりするんだ」


 ダウンロード版はスマホ+ワイヤレスイヤホンで、CD版はCDラジカセで聞くのでデバイスが違う以上音自体は全然違うのは確かなんだけど。


「なに? CDラジカセって」

「父親がもういらないっていうからもらったやつで、CDとAM/FMラジオとカセットテープが再生できるやつ。96年製だぜ」


「すごーい! 骨董品じゃない!? 動くんだぁ」

「残念ながらカセットデッキは壊れているけど、ラジオとCDは現役だよ」


「うわぁ~いいなぁ~聞いてみたい~」


 ちょうど運ばれてきたじゃがバターとイカの塩辛を肴にビールをぐいっと飲み干す。


「こんな真夜中じゃなければうちにご招待したのにね」

「あー行きたかったねぇ」


 このあとも好きな本の話や映画の話、大好きな場所や景色の話などで大いに盛り上がる。真夜中3時半のテンションって怖いな。

 意外と言えば意外だけど、ついさっき会ったばかりなんて思えないくらいに趣味嗜好が合っていておしゃべりが楽しい。




 腕時計は相変わらず11時43分を指したままだけど、スマホの時計は始発電車の出る時間を示していた。


「そろそろ行こうか」

「うん。お会計はちゃんと割り勘だよ」


「うん。奢ってあげたいけど、今月は財布のライフゲージが心もとないんで助かるよ」

「割り勘なんて普通だよ。簡単に奢ってもらおうって女のほうが異常」


 朱音は非常に好ましい性格をしている。このまま今日だけの関係で別れるのには惜しい。


「そういえばさっきCD聞きたいって言ってたでしょ? 今から来る?」

「ううん。ごめん、今日は帰る。専攻の講義あるから休めないし」


「……そっか」

「でも、聞きたいから連絡先交換しようよ」

「おう!」


 彼女とは昨夜の駅で別れる。彼女は上りホームに俺は下りホームへ。昨夜の上り最終電車は彼女がホームに向かったときには既に出発のあとだったはず。


 ほんの少しのタイミングで俺たちは出会えたし、出会えなかった可能性も大いにあった。

 昨日あの場所での飲み会。止まった腕時計。改札を通れなかったカード。立ち寄ってしまったコンビニ。


 何一つ欠けても出会えることはなかっただろう。


 まだ空は薄暗く夏の終わりを感じる人気の少ないホームで昨夜の出会いを思い返す。

 そんな幸運を感じながら家路を急ぐ。まだ二十歳だけどさすがにオールは辛い。もう眠くて今にも倒れそうだった。










 翌週の水曜日。講義もないバイトもない課題もないピースフルな平日。


 あれから毎日のように朱音とはメッセージのやり取りをしている。

 やはり彼女とは気が合うようで、今度ミニシアターで上映されている80年代の古い映画を見に行こう、という話になって今日、今、ここにいる。


 まぁデートって言ってもいいと思う。

 だから普段よりはおしゃれしてきた――

 つもり、ではいるけど周りの人たちみたいにイケてる格好はできていないと思う。何しろそんな服は持っていないからね。


 上は薄手の白パーカー。下は黒パンツに足元は白のスニーカー。

 晩夏の装いには程遠いかもだけどこれで目いっぱいなので勘弁してもらいたい。


 待ち合わせには時間より30分は早く着いていた。電車が遅れたりして彼女を待たせてはいけないと気持ちが逸ったせいもある。


 が、既に待ち合わせ場所には朱音の姿があった。


「蒲原さん、来るの早くない?」

「だって楽しみだったんだもん」


「なら仕方ないか。俺もそこは一緒だし」

「ねー。早く行こう!」


 女の子と初デートのときは彼女の服装とかも褒めるんだぞと友人に言われたのだが、褒める間もなく朱音は映画館に向かって早足で行ってしまう。


「ねぇそんなに早く行っても上映時間は変わらないよ?」

「……そだね。知ってた」


「絶対にわかってなかったやつじゃん」

「えへへ」


 ちなみに彼女の今日の服装は、薄いブルーのシャツの上にカーキのサマーニット。スカートは黒デニムでスニーカーは白色。

 俺的になんとなくふたりのコーディネートが合っているっぽい仕上がりにみえるのが、ほのかに嬉しかったりする。





 昼食を食べながらの映画談義。

 入ったのはおしゃれなカフェ――などではなくどこにでもあるようなファミレス。朱音のチョイスなので初デートにファミレスは云々の忠言はいらないから。


 注文したのは俺がハンバーグステーキで朱音がスパゲッティカルボナーラ。もちろんドリンクバーは付け忘れない。


「はじめの10秒でやられたよね。あれって、渋谷の街だよね。今とぜんぜん違うのに驚いたよ」

「成井くんの見ているのそこなのがびっくり。わたしと一緒じゃない!」


 見た映画はネットとかでの事前学習を全くせず評判とか内容とか一切合切知らない状態で初めて見た。


「それで、お話の内容的には?」

「んー」


「「ハズレ」」


「だよねー」

「寝なかったわたしを褒めてほしいくらいだよ」


 街の風景やファッションなどは興味深かったけど、シナリオ的には中の下辺りではないだろうか? あまりにもひどかったのでいっそ原作本を読んでみたくなった。


「でも40年くらい前の本じゃもう絶対絶版だよね」

「じゃぁこのあと古本屋街に行ってみる?」


「おっ、いいね。成井くんわかってるぅ! ぜひぜひ行ってみよう」

「もしかしたら面白い本も見つかるかもしれないしね」


 考えていたスケジュールがあったけどそんなものは即変更。俺の通っている大学の近くにある古本屋街に行ってみることにする。

 俺は何回か行ったことがあるので案内も少しはできるからそういう点でも安心だ。





 ふたりで5冊ずつ文庫本を買って、駅前にあるチェーン店の居酒屋でその買った本を読みながらお酒を楽しむ。


「あーあ、原作本見つかんなかったねー」

「スマホで調べたけど、ウェブの古本屋さんにも取り扱い無かったよ」

「さすがに古すぎたのかなぁ」

「そんなことないと思うけどな。今日買ったこの本なんて50年くらい前の本だし。ぜったい今度またリベンジしようぜ」

「モチのロンだよっ」











 またある日、バイト先に朱音が来た。


 俺のバイト先は全国にフランチャイズ展開している珈琲店のひとつ。昼時は忙しいが、それ以外の時間帯は長居する客ばかりなのでオーダーも少なくて案外と楽できる。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか? お決まりになりましたら、こちらのボタンを押して――――」

「この宮乃珈琲ブレンドのケーキセットで」


「かしこまりました。って決めるの早いなぁ」

「ここは即断即決ですよ成井くん!」


 昼下がり、と言うかもう少しで14時を過ぎる頃なので、お客さんもだいぶ落ち着いている。

 一人でノートパソコンのキーを打っているサラリーマンが数組と、ママ友らしき集団、あとは良くわからない会話をスマホでしている声のでかい中国人ぐらいしか客はいない。


「それにしてもいきなり来るなんて驚いたよ」

「サプライズ成功だね。成井くんはギャルソン姿もかっこいいね」

「っ! えっと、ありがとう……オーダー通してくるね」


 かっこいいなんて言われ慣れていないので急に言われてテンパってしまった。


「ああっ、蒲原さんのこと褒めるの忘れていた……。やっぱ慣れないことは上手にできないなぁ」


 今日の朱音のファッションはシンプルながらもすごく彼女にマッチしていて可愛らしかった。バイト先に彼女が来たことも驚いたけど、どちらかと言うと彼女の可愛らしさに驚いたほうが大きいと言えるかも知れない。




 今日のバイトは15時までなのでそれまでそのまま待ってもらう。いくら暇とはいえ、しょっちゅう話しかけに行くことも出来ないから歯がゆいけど、そこは割り切って我慢しよう。




「どれくらいかかるんだっけ?」

「ん~1時間ちょっとだったかな」


「開始は19時?」

「そう。それまでは屋台とかも出ているらしいからそういうの買って腹ごしらえかな」


「わたし、お好み焼きにする!」

「じゃ、俺はたこ焼き……は粉もの被りするから焼きそばと焼鳥にでもしておこうかな」


 今日はこの夏最後の花火大会に行くことにしていた。規模はそれほど大きいとは言えないので、知る人ぞ知るみたいな花火大会だけど人波でごった返すよりはマシだと思う。

 バイト先の近くの駅から電車に乗って1時間。人の流れについていくと郊外の河川敷特設会場に着いた。

 この場所は大学の友人に教えてもらっただけなのであまり詳しくはない。秋も始まる頃なので夕方には虫の音が草むらから聞こえてくる感じなのだろう。


「わたし今回が今年最初で最後の花火大会だなぁ」

「俺なんて数年ぶりかも知れない。こっちに出てきてから花火大会は初めてだよ」


「へー行く相手がいなかったとか?」

「まぁいないよね。こっちの友だちって男友だちばっかりだし。男と花火見てもね、風情がない」


 花より団子なやつばかりだから、美味いもの食いに行ったり温泉に行ったりは良くするけど。きれいな景色を眺めたり、花を愛でたり、花火を見たりなんてことは一度もやったことがない。


「こっちのっていうことはあっちにはいるような雰囲気じゃない?」

「……あっちにはいたこともあった、かなぁ」


 あまり触れたくないので屋台で焼きそばを購入するふりして列に並ぶ。


「可愛かった?」

「もういいって」


「え~いいじゃん。で、今は成井くんに彼女さんいるのかな?」

「ずっといないよ。そういう蒲原さんは?」


「わたしも今はフリーだよ」

「そっか……」


 なんだかお互いに確認しているようだけど、焼きそばの順番が来たので話は有耶無耶になる。



 その後お好み焼きと焼鳥を買って、500の缶ビールもゲットして河川敷の土手の上に陣取った。辺りはもう黄昏どきを過ぎて暗くなり始めている。


 暫く待つと川の向こう側から光点がスルスルと天に登っていき、遅れてヒューッと音がしてきた。


「あっ、始まった!」


 朱音のその声と同時に空に大きな赤い花が咲く。


 どーん!


 お腹の奥まで響くような大音量。


 その音を合図に次から次へと花火は打ち上げっていく。菊や牡丹といったオーソドックスなものから割れた花火からスマイルマークなどが出てくるものまでいろいろ楽しめる。


「あーわたしこれ好き! きれいだよね」

「椰子ってやつだね。一度にたくさん上がると壮観だよね」


「成井くん、詳しいね」

「……実は勉強してきた」


 カッコつけるつもりだったけど、どうせ後でバレるくらいならと早々にからくりを話してしまう方がいいような気がしてた。


「ありがとね」

「えっと、どういたしまして?」


 礼を言われるとは思わなかったのでどう答えればいいか分からず思わず疑問形に。


「あれ、終わり?」

 それまで連続で上がっていた花火が途切れたので、朱音はもう終わりかと思ったようだ。


「確か、尺玉が上がるはずだよ。その溜めじゃないかな?」

「尺玉って?」


「うんと、花火の玉の直径が30センチくらいある大玉で、開くと大きさが300メートルを超すくらいに開くらしいよ。だから保安基準上都市部じゃ上げられないんだとか」


「超デカブツって感じなのかな?」

「いいね! デカブツだよ。どかーんって来るやつだよ、きっと」


 ドッという今まで聞いたこと無い低く大きな音がして、光点が上空高くまで伸びていく。

 一瞬まばゆい光を放ったと思ったら、一気に大輪の花を咲かす。ふたりして真上を向いてポッカリと口を開けてしまう。


「すっご」

「すごいな」



 その後も花火を堪能して最後はスターマインで締める。うん、いい花火だった。


「さて、俺たちも帰ろうか」

「うん」


 地元民ばかりだと思ったが意外と駅へ向かう人並みも多い。これははぐれたら二度と会えなくなるやつだ。

 あくまで何気なく、あくまでさり気なく朱音の手を取る。朱音は何も言わなかったけど、手を握り返してくれたから嫌がられてはいないと思う。











 まだ暑い日は続いているが今日この秋初めて最高気温が25度を下回った。少しずつだけど夏は終わり秋に近づいているのだと感じる。


 今日俺は一つの目的を持って街を歩いている。


 朱音との待ち合わせ場所は恵比寿。時間は18時にしてある。

 今はまだ16時なので待ち合わせの時間にはだいぶ余裕があるが、下準備のため今日のデートコースを下見している。


「今日はヘマやれないからな」


 インターネットの先駆者たちのアドバイスによると告白は3回目のデートのときに行うのが良いという。今日は朱音との3回目のデートになる。


「失敗はできない……」


 たとえ告白が失敗に終わっても、ヘマやって呆れられての失敗じゃ目も当てられない。せめてデートぐらいは成功裏に収めたいと思うのが男心じゃないだろうか。


 過去俺には告白の経験は一度しか無い。あれは高校2年のとき。同級生の女の子に夏休みに入る前日に校舎裏に呼び出して告白したんだ。

 それはまあ成功したけど、クリスマス前には別れた。あれを成功体験といっていいのかは未だにわからない。


 ……そんなのはどうでも良くて、まずは今日をどう上手くやり切るかということにすべてがかかっている。


 待ち合わせの恵比寿駅から今夜のデート場所であるクラフトビールの専門店まで歩く。この店は時間制なので2時間で他に移ることになる。

 ビール専門店は食事に関しては言っちゃ悪いがしょぼいので食事はガーデンプレイスタワーの上階で夜景を見ながらゆっくりとするプラン。もちろん予約はしてある。


 39階までエレベーターで上がって店舗を確認したらとんぼ返りで下まで戻った。


 あまりやりすぎると引かれると言う話もあったので、プレゼントとか花束とかは用意していない。


「用意したほうがいいかな……」


 考えれば考えるほど深みにハマっていく自信しかなくなる。ざっと一周回ってもまだ時間は十分すぎるほどあるので渋谷のタワレコにでも寄って時間を潰すことにする。

 涼しいと言っても歩くと汗かくくらいには暑いので一休みしたかったのもある。





「おまたせ~。待たせちゃった?」

「ぜんぜん。いま来たところだよ」


「楽しみだなぁ~美味しいビールをいっぱい飲めるように今日はお財布を太らせてきたからね!」

「俺も同じく~」


 俺も朱音もビール好き。俺の友だちに言わせるとビールなんて苦いだけで何も美味くないらしい。友人同士の飲み会でもビールを頼むのは俺くらい。そもそも酒を飲む奴ら自体少ないのが実情だけど。


 それにしてもクラフトビールってやつはなんであんなに高いのだろう。ふつうのジョッキ生で数百円なのに対し、クラフトビールは倍くらいする。

 確かに流通量は少ないし大量生産も難しいのは理解するんだけど、たくさん飲みたいこちらとしてはもう少しリーズナブルにしてくれるとありがたいと思う。


 小洒落たドアを抜けて店内に入る。写真でしか見てなかったけど、おしゃれな感じがとてもいい。

 テーブルに付くと早速注文をする。


「わたし東北6県飲み比べセットにする」

「じゃあ俺は北陸のにしようかな」


 入店後2時間しか無いので飲みたいものは早くに飲まないとならないという制約は面倒だけど、俺らはそういうのさえ楽しむ気満々だった。

 つまみはこのあとちゃんとした食事をするので軽くしておく。どうせ碌なものは置いていないのだからコストはビールに全振りする勢いで行くに限る。


「秋田旨し!」

「金沢のこれも美味いぞ」


「山形……好みじゃないな。これは成井くんにあげる」

「そりゃ、ども。うん、ちょっとクセがあるね」


 ビールが好きとはいえ、ビールばかりを飲んでいるとさすがに飽きてくる。お互いに酒にはそれほど弱くないので普通な顔してるが、量だけは結構飲んだと思う。


「そろそろ時間だし、ご飯食べに行こうか」

「うん。形のあるもの食べたいよね。ビールはもういいや……」


 電池を交換した腕時計はちゃんと動いていて、入店からそろそろ2時間が経つ頃合いになっていた。




 店を出てガーデンプレイスタワーに向かう。夜もこの時間になるとだいぶ涼しく感じる。


「どうだった、ビール」

「うん、良かったと思う。ビールって一言で言ってもいろいろあるんだなーってびっくりしたね」


「だよね。個性の塊みたいなのもあったもんね」

「あれはあれで美味しいとは思うけど、しょっちゅうは飲めないかな?」


 駅前ほどではないけどここも人通りが多い。何かイベントをやっているようで賑やかな音楽が鳴り響いているのも聞こえてくる。

 左手でそっと朱音の右手を取る。今回も拒否はされなかった。ただちょとびくってされたので、先に手をつなぐことくらいは言えばよかったかなと反省した。


 ゆっくりと雑踏の中を歩いていくだけでも幸せな気持ちになれるなんて思いもよらなかった。

 ああ、このままどこまでも歩いていきたい……って駄目だよな。予約してあるしすっぽかしたらお店に迷惑かける。

 予約した席は窓際。晴れていて湿気の少ない今日ならば遠くまで夜景が見られてとてもきれいだと思う。





「もうビールはいいやと思ったのにまたビールが欲しくなった」

「だよな。エスニックはピリ辛が多いからビールがめちゃくちゃ合うに違いないって感じがする」

「ごめん、我慢できない! わたしはビール頼みますっ」

「じゃあ俺もっ」


 せっかくの夜景もビールの前には形無しのようで、地上の星よりも目の前の黄金色に目を奪われる俺たちだった。


 レストランの後は小洒落たバーなんかをいくつか目星つけていたんだけど、レストランでのビールと食事でお腹いっぱいになり、もう何も入らない状態になってしまった。


(やばいな……予定がものすごく狂ってきた)


 はっきり言って俺は焦っていた。さっきまで調子良く飲み食いしていたけど、肝心要の告白が蔑ろにされては絶対に駄目。そんなの悪手以外のナニモノでもなくなる。


「行こっか」


 朱音は普通な顔して俺の手を引いて駅に向かって歩いていく。手を繋ぐのだけは平気になったみたい。


 いやいや、そんなことに感心している場合じゃなくて。


 どうしようと悩んでいるうちに改札を抜けて、ちょうどホームに入ってきた電車にそのまま乗車してしまう。


「し、渋谷で遊んでかない?」

 追い詰められていたのでとりあえず選択肢が沢山ありそうな渋谷を提言してみる。


「えーもう疲れたし、遊ぶのはもういいかな」

「あ……そうだね……」


 撃沈。


「でもこのまま帰るのも勿体からファミレスでも寄っていこうか? お茶くらいならまだ入るし」

「う、うん」


 ファミレスでドリンクバーだけ頼んで隅っこの方の席に座る。

 意外と空いていて周りの声など聞こえなくてちょっと得した気分。


 今日の感想と反省を話して盛り上がっていたけど、ふとした瞬間にふたりとも無言になった。


「あ、あの……これ」

 昼間タワレコで買ってきた梟クライシスの最新アルバムをバッグから出した。


「ふくクラ最新アルバム出たんだね」

「そうなんだ……えと、俺んちに聞きに来ない?」


「いまから?」

「うん」


「……もう11時過ぎているよ?」


 あと一息。ここで、しっかりと告白して朱音を家に招く。いや、家に招くのは二の次でまずはちゃんと告白しないと。


「えっと――」


「ねぇ、わたしたち付き合っちゃおーか? そしたら11時だろうとお泊りだろうと全く問題ないよね? わたし、成井くん、ううん、渚のこと好きだよ」


「なっ! えと、蒲原さ……朱音。俺も朱音のことが好きだ。付き合って欲しい――って、なんか二番煎じだしファミレスの隅っこでの告白になっちゃったけどよろしくお願いします」


「へへへ。よろしく!」


 息巻いてシチュエーションまであれこれ考えていたのに場所はファミレスだし、最後は朱音に先を越されるはだしで何とも締まらないけど、無事お付き合いできるようになったのは良かったと思う。



 そうと決まればお茶はさっさと飲み干して俺んちに向かわないとね。

 念の為、掃除も整理整頓もかっちりやってあるし、アレの用意もしてある。念の為、念の為だからで、今日早速使うためとは一言も言っていない。





「またオールしちゃったな……」

「まだ寒い時期じゃないから裸でもあったかいね」

「いや、そういうんじゃなくて――」

「もっかいする?」

「うん、する」


 最高の3日間を過ごしてこれからも最高の数百、数千日を一緒に。

ご評価いただけましたら幸いです

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