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ghost actor  作者: aqri
無色透明
9/59

9 依頼者の目論見が見えてきた

 ドアポケットにはお茶のようなものも作ってあるが、才華はたぶんそういうものは飲まなかったはずだ。他人を一切信用せず自分の人生は自分だけでコントロールしようとしている。食品メーカーが作ったものは食べるけど普通の人が手作りしたものは口にしなかったと思う。

 台本にはどんな飲み物を取ったかなんて書いていない、でも手にしたのは絶対にペットボトルだ。冷蔵庫には入っていないのでペットボトルを取る動作だけを演じる。その様子に彼女は驚いたような目で見ていた。


「あの」


 監督からカットが入った、俺も本人モードを止めて素に戻る。


「はい?」


 敬語で返した俺をどこかほっとした様子で見つめる。


「ドアポケットに水出しのお茶があるのに、どうしてそれを取らないんですか?」

「それが何なのか教えてもらってないですから。内容がわからないものを飲もうとは思いませんよ」

「え」


 少し言い方が冷たかったかもしれない、何せ今俺の本心が出た。俺はにっこりと笑う。


「すみません、いくつかアレルギーを持っているので。食べ物には結構気を使ってるんです、先に話しておくべきでしたね」


 俺の言葉にそうなんですかとほっとした様子だ。アレルギーは嘘じゃない、食品のアレルギーじゃないだけだ。食べ物に気を使ってるのも本当、健康意識してのことだからアレルギーとは一切関係ないが。単純に手作りしてあるお茶を飲みたいと思わなかったからだ、なぜなら。


 気持ち悪い。


 才華はこの母親のことが嫌いだったわけじゃない。それは肉親だろうが他人だろうが全て平等に扱っていたと思う。家族、友人、そういった枠組みで対応を変えたりはしていない。人は人、個人に違いなんてない。そういう考えだったんだと思う。

 だから平等に母親の手作りだろうがなんだろうが食べたくないものを食べなかった。バレンタインデーにチョコを作ってきたという女子の贈り物も全部断っていたんじゃないだろうか。菓子メーカーが作った売り物のチョコはもらうけど本人が作った手作りは受け取らないはずだ。

 何が入っているかわからない、どんな作り方をしたのかもわからない。自分で把握しきれていないものを体の中に入れるというリスクを犯す事はしなかったんじゃないかと思う。


 それは夕食の時も顕著に出た。さすがに何を作ったか覚えていないからいつも通りのメニューを作るという前置きだった。全部食べたのか残したのかなどは書いていない。だから俺なりに分析した才華の、食べたであろうものだけを食べた。

 メニューは煮込みハンバーグ、付け合わせにブロッコリーやニンジンなどの温野菜、葉物中心のサラダ、ポテトサラダ、ゆでたまご、りんご。ゆで卵は殻がついたままだった。質問しないのも違和感があると思って殻付きとは珍しいですねと一応言っておいた。たぶん人に殻を剥いてもらうのが嫌だったんだろうなと思う。案の定「ちょっと変わった食べ方をするんです、殻を剥かないまま半分に切ってスプーンですくって食べてたので」との事だった。これを見てもゆで卵は食べていたんだなということがわかるし、やはり下手に加工しているものよりはシンプルなものを好んでいたのがわかる。


 俺が食べたのは主に野菜中心。サラダと温野菜、ゆで卵、あとはご飯。ハンバーグは手をつけなかった。絶対に手ごねハンバーグとか手を出さないだろうなと思ったからだ。たぶん実際の夕飯のメニューもハンバーグを出していないと思う、そういうものを子供の頃から食べなかったのならメニューに絶対に出さない。

 しかしこの母親の心情としてはおそらく食べて欲しかったはずだ、愛情込めて作った手料理を食べてもらえないのは思うところがあるに違いない。


 食べて欲しいという欲求を俺で果たすのは別にいいけど、当時のことを再現しているという今この状況において勝手なことをしないでもらいたい。俺だってこの状況を見て才華の情報収集をしているのだから。


 だんだんわかってきた、この母親が一体何を考えてこんなことをしているのか。だからその提案には乗ってやらない、こっちは仕事できているんだ。

 それを今指摘するべきかしないべきか。もう少し様子を見たほうがよさそうだ。



 その後俺は部屋に戻った。リビングでくつろぐなんて事は絶対にしないだろうし。軽く食休みをしてからさっとシャワーを浴びる。湯船には入らなかっただろうな、風呂には入りたかっただろうけど。誰かが入った後に入るのも、自分が入った後に母親が入るのもたぶん嫌だったはずだ。なぜそこまで神経質か? これもなんとなく読めてきた。潔癖なんじゃない、おそらく……母親を警戒していたんだ。その答えがたぶんもうすぐでる。

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