8 あまりに似すぎている
「言うまでもありませんけど、それはご子息の気持ちそのものではありませんよ。俺は他の人になりすますことはできても、その人本人になることはできません。考えることには俺個人の意見が入ります」
「それでもいいんです。似たような考え方ができる人ならきっとあの子が考えることも同じだと思うので」
つくづく「母親」という生き物は理解できないな。それをしたからなんだ、行きそうなところの手がかりでも知りたいのか。いやちょっと違う感じだな。所詮それをやったところで……いや、いいか。あくまでこれは仕事なんだから、俺はやるだけだ。頭を切り替える、個人的感情を入れるな。
話し始めると長くなってしまうようなので、時系列でA4の紙にフローチャートでまとめてもらった。それを見てみても特に変わった様子は無い、あくまでこの母親目線では、ということだけど。でもここにあのノートに書かれた心情を入れてくると俺には見え方が変わってくる。
まあいい、お望み通り演じるとするか。いつもこういう時本人になりきるためのスイッチが入るんだけど、今回はなんだかやる気スイッチの方が入っている気がする。珍しいな、と思ったけど理由は自分でもよくわかってる。
たぶん俺、今ちょっとイラついてる。笑えるほどに。
「才華」
冷蔵庫に飲み物を取りに行った時に母親が声をかけてきた。
「ちゃんと聞いてみたかったんだけど。就職どうするの?」
才華は大学四年生、内々定をもらっていなければいけない。さっき考えた通り最後のやりとりを覚えてるって事はいなくなって一年は経っていないはずだ。そう考えると進路のことを大学四年生で聞くのはいくらなんでも遅すぎないか。ちゃんと聞いてみたかったんだけど、って事は今までそれとなく聞いてきたけど、うまくかわされてたんだな。今ちょっと考えてる最中で進路に迷ってる、みたいな。その話題に触れてくれるなみたいな返し方をされたら母親としては何も言えないはずだ。
たぶん進路については悩んでいなかったはずだ、自分のやりたい事ははっきりわかっていたのだから。日雇いの仕事をたくさんこなしていたのは自分のスキルアップの目的もあったはずだから。一人で生きていくための社会勉強を自分で行ってきていた、準備は万端だった。
「どこかてきとうに」
「やりたいこととかないの?」
「特にないかな」
「そ、そう」
彼女の動揺が伝わってくる。たぶん思いのほか息子にそっくりなんだろう、当時のことを思い出しているのかもしれない。
「逆に聞きたいんだけど」
ゆっくりと彼女を見た。その瞬間彼女はびくりと肩を震わせる。
「どんな仕事について欲しいの?」
普通の親子だったらこんな会話しない。今時親がこれになりなさいと言ってその職業を目指す人なんてほんの一握りだ。相当な金持ちで親のいうことを聞いて生きてるような子だったらまだしも。この親子関係にはそれが絶対に成立しない。彼が残した手記からもそれは明らかだ。たぶん何を言ってもこの母親には通用しないから言いたいことを言わせておこうという感じだったと思う。
「先行きを考えれば、できれば大手企業で……」
「わかった」
彼女の言葉を遮った。そのことに彼女は目を丸くする。先に打ち合わせたシナリオではここでは彼女がちゃんと最後まで言葉を言っているはずだから。
“できれば大手企業で、安定した収入のあるところがいい”
打ち合わせと違うから驚いた? 違うな、実際の会話も絶対に途中で遮っていたはずだ。それを自分が最後まで言いたかったという願望があの表情からは見てとれる。だから最初に見たとき盛大に内心ツッコミを入れたんだ、彼女の望んだ通りのシナリオだなって。才華になってみて改めて思うけど、あの台本通りの綺麗な会話なんておそらくされてない。
「ど、どこの企業がいいの。都心なら一人暮らしとか、考えてるの?」
「企業に差なんてないよ。上場してようが中小企業だろうが株式会社は株式会社だ。年功序列だから実力が評価されるなんてない、中高年が好きそうな面接の受け答えしてればとりあえず大丈夫だよ。新入社員に期待してる人なんて誰もいないんだから」
小さく鼻で笑って冷蔵庫を開ける、飲み物を取るために。今のセリフも少しアドリブ加えておいた。実際はどこの企業も特に差は無いから、面接対策してれば大丈夫だというシンプルなものだった。でも俺が演じている「才華」は、絶対にこう言うだろうなと思ったんだ。本質が似ているせいか、今回は演技モードのスイッチが入ってなくても自然にやることができる。