6 奇妙な親子関係
話を聞いた時から胡散臭いと思ってたけど間違いない。この人絶対に何かを隠してる。失踪した息子も探偵など別の手段で探しているのかもしれない、だから安心しきってるってところか。息子の失踪に関してではなく、何か他の隠し事があるみたいだ。
「親子の会話はどういうものがありましたか? あなたとの、です」
「えっと。あの」
「例えばテレビのニュースとかで時事ネタとかは?」
「あ、いえ。あの子ゴシップとかそういうの興味なくて。殺人事件とか何かの事故とかそういうのも全然興味関心がなかったんです」
「つまり他人に興味がなかったってことですね、ずいぶんとクールでドライな方だったようだ」
俺の一言にキョトンとした顔になる。
「ある程度考えを寄せるには、具体的にこういう時この人はどうしたんだろうかという資料が必要なんです。何気ない会話が多いのなら社交的や寂しがり屋。自分の興味ないことには一切話をしないのなら、無駄なことが嫌いな生産性や時間単価を大切にする考えだったのかもしれません」
そういうふうに考えたことがないのか、俺の意見に感心したように「そうなんですか」としきりに繰り返している。
息子の性格を把握しきれていないはずだ、おそらくこの母親息子の手の平の上で良いように転がされていただけなのだろう。何かを言っても地頭の良さから言い返されて、何も言い返せなくなってしまっていたのかもしれない。
「とりあえずあなたに言われて顔だけ見に来たけど、そこまで興味がないからすぐに出かけるということにしましょう。失礼ながらそこまで家族の交流が深くないのなら家族で食事をする方が不自然です」
「はい、お任せします」
お任せします、か。普通は旦那にバレないために必死になったりヒヤヒヤするものだと思うけど、そこは興味がないのか。じゃあこの人一体何がしたくて今回の依頼をしたんだ。息子を案じるでもない、夫を騙すのも本気じゃない。
旦那さんは空港の迎えは要らないと言ってきているらしい、自分で家に帰るそうだ。家に着くのは大体夜の九時ごろ、夕飯もいらないとのことだ。一家の大黒柱が家に帰るのにいちいち理由なんていらないけど、迎えもいらない食事もしない、二日間しかいないのなら何しに帰ってくるんだこの人と思ってしまう。
旦那さんが帰ってくるまであと一日半ってところだ。さてどうやって過ごすか。本来特定の誰かになりすますのならこの時点で本人になりきっていなければ遅い。当たり障りのないどこにでもいる普通の人だったらいいが、ここまで癖がなさすぎて逆に癖の強い人だと苦労する。
部屋の中の荷物はあまりにも生活感がない、つまり生活の拠点はここじゃなかったってことだ。別の場所で一人暮らしをしているとは考えにくい、いくら稼ぎが良くても家賃を支払うのはかなり出費が大きい。友達かSNS上のつながりか、いずれにせよ他に帰る場所があったはずだ。そうじゃなければいくらなんでも不便すぎる荷物の少なさだ。
机は引き出しが一つしかついていない非常にシンプルなものだ。しかも中に入っているのはペン一本だけ。
「なんで引き出しの中にしまってるんだ」
擦るとインクが消えるタイプのペンだけだ。それならペンが一本しか立たないシンプルなペン立てだけ机の上に出しておけばいいはずなのに。いちいち引き出しを開けて、使ったらまた戻して引き出しを閉める。ばかばかしいかもしれないけど、無駄なことが嫌いな人ってこの一つの動作も煩わしいんだよな。ペンが一本しか立たないものであれば埃が溜まることもないし、見た目も洗練されていてむしろ美しささえある。
なんでだろうと思った時は逆引きで考える。例えばそういう無駄なことが嫌いな人がわざわざ引き出しにペンを入れるとしたら理由はなんだろう。引き出しを開けるのならやはり引き出しの中にノートがあって、それと一緒に使うから。でもノートがあることを知られたくなくてカモフラージュのためにあえて目立つようにそこにペンを置いているということも考えられる。
引き出しを机から取り外して振ってみる。するとしっかりと組み立ててあるはずの引き出しからカタカタと音がした。
「ミステリー小説の登場人物みたいなことするんだなこの人」
呆れながら仕掛けがないか探した。底板に少しだけ引っかかりのある場所がある。めくり上げると案の定、引き出しの中は板が二重になっていた。薄いノート一札が二枚の底板に挟まる形でしまってあったのだ。ぴったりくっついているから引き出しを開けたくらいでは音が立たないのだろう。
持ち歩かず自宅に置いてあるということは、もう一つの帰る先には置いておけない事情があったということか。しかもこの隠し方なら母親に絶対ばれる事は無い。
「危ない橋を渡る生活をしてたって事はよくわかったよ」