2 幽霊役者たち
「いいんですよ、あなたはそこそこ放し飼いにしてくれそうですから。餌付けも上手そうだし。……晴海みたいに、俺の使い方を間違えないでくださいよ?」
「上等だクソガキ」
お前のことは信用してない。お互いそんな心の声が聞こえてきそうだ。この人の事はきっと信頼はするし、仕事に関しては尊敬をする。でも、絶対に信用はしない。
俺は独り立ちしたら文字通り「東風晴海」となる。あいつは誰かにこき使われるなんて選択絶対にしない。だから俺は、俺を自分の望み通りに動かせる奴が必要なんだ。
その後お互い一分ぐらい無言だったけど、ノックと同時に御上さんが入ってくる。
「何ジャレあってるんですか全く。半井さん、今後の打ち合わせをしますよ。火男さんはさっさと仕事に戻ってください」
「なんで俺だけ塩対応かねえ」
「あなたを甘やかして何のメリットがあるんですか私に。電話が鳴り止まなくてうるさいから対応してください」
「わぁったよ」
「ヤクザと揉めるのこれで最後にしてください、面倒な」
「俺は何もしてねえし。相手が勝手にブチ切れてるだけだ」
愚痴を言いながらも火男さんが部屋を出る。そして今後について少し御上さんと話をした。
「あれだけ派手に名前が出たので、派遣社員としての半井宗、はもう名乗れません。他のキャラを考えてください」
「普通じゃない仕事は半井でいいってことですか」
「そこまで察しが早いとこっちから説明することが特になくなっちゃいますね」
確かに、偽物の戸籍とは言え今回は黒猫を通じて半井宗の情報は知れ渡ったはずだ。それならこそこそせずに堂々と使う方が良い。今働いている会社の契約更新はあと一年あるが、まれに見るホワイト企業なのでこのまま働いても問題なさそうだ。
俺は選択を誤っただろうか。誰かを演じ続ける人生なんてろくなもんじゃないとは思う。この選択肢を選ぶこと自体が晴海の考え方なのかもしれないけど。
でも、火男さんの下で働くのは正直悪い気はしない。それがたとえ表沙汰にできない仕事であってもだ。あの人は本当に、うまく俺を泳がせるための餌をやるタイミングと躾け方を心得ている。
居心地の良い急流の中で必死に泳ぐ魚のように生きるだけだ。ヒレがボロボロになって、鱗が傷だらけになっても泳がなければ死んでしまうのだから。傷つくのが嫌か息をするのが嫌か、それだけの話だ。
ちょうど風間さんから連絡が来た。メディアの動きがうっとうしいから、レンタルスタジオでのウェブラジオの収録はしないらしい。別の場所を押さえておいたからそこに来てほしいとの事だった。調べてみると個人経営の音楽スタジオみたいだ。これも風間さんの知り合いだろうな。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
「はい。あと」
印刷物を俺に手渡してくる。
「早速次の仕事が決まったので、これを頭の中に叩き込んでおいてください」
人物の設定の背景などが細かく書かれている。「初仕事」は一週間後か。依頼人のライバル会社の若社長の秘書、ねえ。面白そうだ。
「分りました」
「あなたが加わって人数が増えましたので。便宜上の呼び方を考えておく必要がありますね」
三人もいれば確かに、十分な人数だ。俺たち三人へのつなぎ役は御上さんだから実質四人か。なんとなく思いついて思わず笑みがこぼれる。
「ghost actor、でいいんじゃないですか。映画のタイトルか、馬鹿な悪の組織みたいでかっこいいでしょ」
「なるほど。そういうの好きそうですね火男さんは。提案しておきます」
結局俺が一体誰なのか、答えが見つかってないままだけど。そんなふわふわした存在でも良いのかもしれない。今までの生き方は幽霊みたいなもんだ、絶対に表舞台に上がらない。戸籍もなければ名前もない、そんな俺にはちょうどいい。
舞台の上での演者も、舞台袖のスタッフや共演者も、客側も、俺は全部一人でこなしていく。監督だけは、やらない。晴海は俺の監督になれなかった。そこは俺の役目じゃない。その役割は見つかったのだからいらないな。
脚光浴びるのなんてごめんだ、こそこそと隠れながら這いつくばっている方が、俺は居心地が良いのだから。
<了>




