11 幕引きへ
そんな会話をしながら二人で月守さんの店へと向かった。臨時休業と書いてあったのでそのまま気にせず中に入ると、翌日の仕込みをしていた月守さんが苦笑しながら迎えてくれた。
ニュースは目まぐるしく内容が変わって今とんでもないことになっているそうだ。まず東風晴海の殺人容疑者逮捕、が実は逮捕じゃなくて任意同行の取り調べで。しかも誤認だったことから世間の目は一気に警察へ非難が殺到した。これだけでもお祭り騒ぎだ。
「明日は風間縁事務所を辞めるってニュースが駆け巡る。一応表向きには契約終了させたからな、社長が正式発表するはずだ」
「一応けじめとして聞いておきます。そっちはどういう風に決着をつけたんです」
「正式に事務所を辞めるのを認めさせただけだ。死神の事は何の条件にも含んでない。あいつらの活動を止めるのは無理だからな」
事務所ぐるみで自殺幇助をして、しかも資産まで奪い取っている。これは立派に犯罪行為なのだが、そこに首を突っ込む気はなかったそうだ。
ただ、亡くなった海鳥さんのことを思ったらやはり思うところがあったようで。それが長年所属した事務所が中心となっているとわかればぶちかますのは当然だろうと笑いながら言っている。
「もともと形ある証拠なんてほとんどない。金の動きを調べてリーク先をほのめかしただけだ。個人と組織じゃ勢力が違いすぎて話にならない」
「それでも風間さんの要件を飲んだのなら、かなり痛いところにリークする予定だったんですね?」
「それに関してはリーク先から接触してきた。"俺のところに漏らされるのが一番嫌だろうから高く買うと伝えていいよ"ってな」
「……。それ火男さんでしょ」
「俺はあの人の名前なんて知らんから、それについては返事をしないでおく」
絶対に火男さんだ、間違いなく。あの人ならそれくらいやるか。俺と風間さんでつながりができているのだから、その辺は手に取るようにわかっていたんだろうな。
おそらく風間縁が重大なコンプライアンス違反をしたから、解雇という形で契約を打ち切るという流れになるだろうと当の本人が軽く言ってのける。イメージダウンになることも別に気にしてないみたいだ。
「今回関わった他の黒猫の連中はどうなる。特に愛梨は?」
月守さんの質問に、風間さんは鼻で笑いながら「俺の知ったこっちゃないな」と言った。
「あいつらはどっぷり裏の世界に足を突っ込んでる。まさか本当に消されるなんて事は無いだろうが、周りから攻撃されて自滅ぐらいするだろうよ。愛梨は両親が健在だ、そっちは家族で何とかしろって感じだな。俺には関係ないね」
俺たちは黒猫の事情をよくは知らないし、どういうふうになっていくのかは想像で語るしかない。その程度のことで人を殺すのか、という奴もいるから本当に殺されるやつもいるかもしれない。遺族の怒りだってある。
でもなんでこんな奴がまともに生きてるんだろうと思うくらい、誰も興味がわかずに放っておかれるやつもいる。どう生きるのかは確かに俺たちがああだこうだ言ったところで何の意味もないことだ。
ビジネスを台無しにされたから逆恨みは買っただろうし、普通に恨みも買った。今後嫌がらせというレベルではない何かを仕掛けてくることもあるだろうけど。それをどうにかするだけの覚悟はこっちだってある。何故なら失うものがほぼないから。
「それに後の事は俺が口を挟むことじゃない。内部で何とかするだろう。何せ俺との交渉に駄々捏ね始めた社長黙らせたのは、別の勢力の黒猫だからな」
それはつまり、あの場に才華がいたってことか。俺は直接部屋に入ってないからな、どんなメンバーがいたのかを見てない。
「なんにせよ俺たちが明日からやる事は何も変わらん。俺のニュースがほんの少し落ち着いたタイミングで第二話のドラマを上げる。お前にもウェブラジオに付き合ってもらう」
「風間さんの今後の仕事はどうするんです?」
「事務所と契約してる仕事は打ち切りだから俺は違約金を払わなきゃいけない。でもあくまで俺個人と仕事を継続してくれるっていうところがあるなら受けた分は全部こなす。最近は仕事の三分の一はそんな感じだ、相手に迷惑がかからないやつを選んできたからたぶんそうなるだろうな」
事務所が風間さんを潰そうとした理由の一つだそうだ。事務所の意向に沿わない仕事を取り始めたことを散々注意され揉めてきたのだそうだ。この人の事だから揉めるように仕向けてきたんだろうけど。ってことはマネージャーもいなかったのかこの人。仕事を全部自分でやっていたから、会社としてはコントロールしづらかったんだな。
自分の生き方を絶対に譲らない。大切な人の死をおかしなビジネスに利用されて美化までされたことが絶対に許せない。普通の人だったら諦めてしまうようなこともこの人は一歩も譲らなかった。
確かに明日からは大変なんだと思う。芸能界の闇、闇バイト、火男さんが動くんだったら死神の噂なども裏の世界では駆け巡るだろう。
いろいろなところが疑心暗鬼となって駆け引きが始まって、嵐のようにごちゃごちゃになっていく。そんな中でも冷静に物事を見極めて事実だけを正確に把握する人が抜きん出て行く。火男さん、才華とその上司、風間さんのような人たちが。
あと、俺もか。もう俺は一般の社員じゃなくなった。火男さんの手足となってまあまあやばい境界線の仕事を今後はやることになる。でもそれさえも俺は楽しみなんだ。面白そうだし。
面白いと楽しいは違う。今回の事は全く楽しくなかった、面白くはあったけどな。
「そういえば。偽物の死神の話があったから、てっきり本物の死神が一人ぐらい殺しに来るかと思ったんだが。結局来なかったな」
「そういう理由で人を死なせたりはしないと思いますよ。あいつは興味深いことに全力で愛情を注ぐだけです」
「思いが通じあってるみたいな言い方しないでくれ」
「俺だって嫌ですよ。でも、理解はできなくてもなんとなく想像できちゃうんです」
死神は老若男女、聖人犯罪者どんなやつでも等しく「人」のことが好きなだけだ。人生というドラマ、命の輝く瞬間を、命が尽きる時の輝きも全て見てみたい。全てを愛してるって感じかな、客席の中でも特等席で悠々と見ている。誰も近寄れないVIP席で。そしていつの間にか舞台袖に移動してる。そこから役者を舞台から引き摺り下ろす。
何なんだろうな、神様か何かか。絶対に理解できない奴だ、俺が演じることのできない奴の一人でもある。でも、あいつの求めてるものはなんだか俺が求めてるものと似ていて釈然としない。
風間さんとはウェブドラマの収録をいつにするか等の打ち合わせをして。月守さんは夜食まで作ってくれたのでご馳走になった。めちゃくちゃ美味かった、深夜に食べるもんじゃないなと思うくらい。
「飯のメニュー増やしてくださいよ、俺酒飲まないから。そしたらここ来やすいんですけど」
「ちょっと考えとく」
「ほれみろ。やっぱりレストランの方が向いてるじゃねえか」
「居酒屋がいいっつってんだろ、新メニューねこまんまにでもしてやろうか」
「やめろ猫どもが寄ってくる」
二人の会話に俺も軽く笑う。明日から死ぬほど大変だろうから活力をつけるって意味では飯を食ったのはよかった。考えてみたら俺朝飯食って以来何も食ってなかったな。
今回お世話になったことを二人に改めてお礼を言った。巻き込んだのはこっちなんだけど、と風間さんは笑っていたけど。
それでも俺にとってはプラスしかなかった。公園での会話がなかったら、やばい状態で会社に戻ってたからな。月守さんにもいろんな部分でサポートしてもらった。弟と弟のような人を面倒みてきたからか、かなり器の大きい人だと思う。
深夜で電車も止まってしまったので、俺はビジネスホテルに一泊することにした。店にある居住スペースで寝ててもいいよと言ってもらったけど、さすがにそこまでお世話になるわけにはいかない。それに間違いなく朝一火男さんから呼び出しがあるはずだ。
ホテルの窓から外を見る。夜景が見えるような立地じゃないから見えるのは車のヘッドライトばかりだ。電飾が、街灯が、ビルの灯が、いろいろなものが輝いて見える。俺はそこから一歩引くことを選んだ。そっちに行く道を選べたけど、俺は選ばない。




