10 風間縁という男
「俺はよく知らねえんだわ。東風晴海のこと」
凛とした声。荒波だった俺の頭の中が一気に冷めて、覚めた。
「なんか最近同じやつをそこら中で見るなとは思ってた。でも全部同じに見えたからな、興味わかなかった」
アイドルは、最初は全く同じことから始める。同じような衣装を着て同じような声で同じような歌を歌う。同じようなダンスをしてそこまで個性が光るわけじゃない。
ある程度人気が出てきたら自分のキャラというものを作り始める。複数いるアイドルグループが全部一緒に見えるという、中高年の意見は間違っていない。意図的にそうしているのだから。
そこから差別化が始まり、個人の推しを作ってもらうことで一人一人をブランドにする。
「お前が当時アイドル活動してた時もそんなに注目なんてしてなかった。でも、あいつが。海鳥が、年末の歌謡祭見ながらこんなこと言ったんだ」
『この子、すごく退屈そう』
な、に。それ。
歌謡祭はミスが許されない大舞台だ、本気で取り組んでたのに?
『そうか? んじゃ、アイドルなんてやりたくねえんじゃねえの』
『どうだろう。レベルの低い演者であることが不満なだけじゃないかな』
え、見抜いていた人がいた? 俺は完璧に演じていた時に?
「あの時はそのまま、やりたいことがアイドルじゃなくて俳優なんだろうって俺は思った。でも海鳥が言ってたのはそういう意味じゃなかったんだな。今のお前見てたらそう思った」
晴海が望んだ「東風晴海」はもうやりたくなかった。俺が望んだ東風晴海は本当にキラキラしたアイドルで、現実離れしていて。絶対に俺がなりたい姿じゃなかったからこそ、俺は演じることができた。
でも今後目指していたのは役者としての東風晴海だ。そんなの俺自身が重なるに決まってる。演じているという意識があったから楽にできたのに、自分と演者の境界線がなくなるようなことをされたら俺は絶対に耐えられないと思ってた。それが顔に出てたのか。
俺は、「俺」を演じたかったんだ、ずっと。
「海鳥は俳優だったけど変な奴だった。主演をやってるのにまるで評論家みたいなんだよな。脚本家でも客でもスタッフでもない、かといって演じている側でもない。不思議な奴だった」
俺は全てを一人で演じていたけど、月守海鳥さんっていう人はそれとはまた別の場所で演じていたってことか。なるほど、風間さんが心を砕くわけだ。お互い自分にないものを持っていたからこそ切磋琢磨できた、お互いを目標にできた。
でもどこまでいっても絶対に交わらないとわかってしまったら自分の到達点がわかってしまう。海鳥さんはそれを早く見つけてしまって、今回風間さんも見つけた。海鳥さんはそこで終わらせることを選んだけど、風間さんは別の道を探す方を選んだ。
なんてキラキラ輝いてるんだろうって思ってたけど、違うな。どこまでも泥臭くてすごく人間らしい人だ。きっと海鳥さんも。怪物だった晴海と、怪物になりそこねた俺とは違う。
「くっついて離れないって言ってるけど、別に一体化してるわけじゃないんだろう。米粒がくっついてるようなもんだ。カピカピになりゃ取れる」
米粒って。晴海と米粒って全然合わないな。でも、風間さんからしたらそう見える。当たり前だ、興味なかったんだから。だからこそ真実だ、この人にとって。俺の真実ではないけど。真実を言ってくれている。
「他の推しでも見つけな、有力なのが目の前にいるだろ」
その言葉になんだかすべての力が抜けていく感じだ。雨風にさらされ、埃まみれになっている汚いベンチにどかっと座る。そして大きく息を吸って深く深く吐き出した。
「何なんですかホント。かっこよすぎるでしょ」
「惚れた?」
「いえまったく」
「おい」
「尊敬して、憧れてはいます」
小さく笑いながらそんなことを言えば、風間さんも口元に笑みを浮かべる。
「本当に天然のタラシだよなお前は。んじゃ、東風晴海と俺ならどっちに惚れる」
「晴海」
コンマ数秒もかからずに即答した俺に、風間さんは明らかに先ほどとは違った笑みを浮かべた。犬歯剥き出しでなんともまぁ凶悪な笑顔だ、サイコパスの殺人犯だってこんな顔しないだろうに。
しょうがないだろ、条件反射みたいなもんだ。心の底から大嫌いだけど、心の底から思ってるのも本当なのだから。
「本ッ当に人煽るの上手いねお前は。ウェブドラマあげたら俳優引退する、ってお前に返事するつもりだったけどまた保留にするわ」
俺が今回の話を受けるかどうか、保留にした答えか。結局俺からやる、と言ったから彼の答えを聞いてないままだったな。
やりたいこと、ではなくなっていた。だから区切りをつけるつもりだった。
「サブスクとか有料コンテンツ限定の活動でちょっと様子見てみようかな」
「はあ、まあ頑張ってください」
「棒読みで言ってんじゃねえよ、はっ倒すぞ」




