9 叫び
風間さんは何も言わない、俺に気を遣ってるとか戸惑っているという様子じゃない。まるで演技をしていた時のように真剣な表情だ。
なんかしゃべれって言ってるのか俺に。別に俺はしゃべることなんて……
「なんかあるだろ」
俺の心を読んだかのように冷静にそんなツッコミを入れてくる。この人には敵わないなと思う瞬間が多い。
「別にあいつを殺そうと思ってたわけじゃないんですけど。殺人犯がよく言うこの言い訳、本当だったんだなって今初めて知りました」
どうせ後でとってつけた罪を軽くするための言い訳だと思ってた。でも殺意が沸く瞬間って本当に突然やってくるんだな。殺してやろうと計画していても殺せない奴がごまんといるように、殺すつもりじゃなかったけどスイッチが入ってしまう人間というのはやっぱりいるんだ。
そういう人間がいるというより、そういう環境やタイミングが整ってしまうとでもいうのかな。
「流星に全く興味がなかったのは本当なんですよ。カンパネラにいた時から他のメンバーなんてどうでもよかった。一人ひとりの性格を把握して軋轢が生まないように調整してた」
流星の性格は分かりやすかった。頭も良かったと思うし晴海が目をかけるのもわかる。本当に使い勝手が良いやつだったからだ。プライドが高くて向上心もある、相手が何を言えば喜ぶかわかるから下手に出つつ操るの上手かった。
それはファンを操るのに発揮されていた。いろんな人にまんべんなく愛される東風晴海よりも、自分だけを熱狂的に愛してくれる固定のファンがあいつは多くついていた。
何十万もグッズ購入に使うのもあいつのファンだった、そうなるように誘導していたのは流星。SNSの活動でもそれは顕著だった、「晴海」から注意を促されていたくらいだ。俺から注意をすることで憎しみや嫉妬の矛先を俺に向けさせて、操りやすいようにしていただけだったんだと今ならわかる。
「まさか自分そっくりの立場の人間がもう一人いると思ってませんでした。別の人生歩んだ自分を見てるみたいで面白かったですよ。本当に――」
近くにある錆びついた鉄棒を思いっきり蹴りつける。バァン! とものすごい音がしたがどうでもよかった。もしかしたら足も痛いのかもしれないがそれももうどうでもいい。
「本当に反吐が出る。なんつうみっともなさだよ。しかもそれを自分で全然気がついてないし。イタすぎんだろ」
気がついてなかった、今の俺がどれだけ無様な姿をしているか。他人からどう思われようと痛くも痒くもない、これは本心だ。でも舞台で演じている俺は、冷静に見つめていた観客の俺はいつも思っていたはずだ。
どこもかしこも何もかも、晴海の真似をしているだけだ。痛々しいったらない、無様にもほどがある。
「うるせえな、本当に。晴海に関わった奴ってなんであんなにごちゃごちゃうるさいんだ」
俺も考える癖がある。相手を観察してああだこうだ推測して。どうして相手を理解しようとするのか? それは相手をどうやったら支配しやすいか、コントロールしやすいか常に考えているからだ。吐き気がする。
なんで俺は、晴海の完璧なコピーになっちまったんだろうな。
「普通に暮らせてればいいなって思ってりゃ今更になって晴海晴海晴海! 俺じゃなきゃ億稼げないなんてことないだろ、金を稼ぐ阿呆はこの世にゴロゴロしてるだろうが! 何が黒猫だ鬱陶しい!」
叫ぶ。風間さんにじゃない、俺に向かって。
なんであいつのコピーになった?
なんであんな扱いされててもべったりくっついて離れなかった?
「ウンコみてえな母親と、人を見下すことしかしない近所のジジイババア共に囲まれて! 中身が何もないスッカラカンのガキが最初に縋りついた相手があんなクソ野郎だ、そりゃ頭も心も歪になるに決まってるだろ!」
目の前が真っ赤に染まるかのようだ。俺にもちゃんと血が通ってたんだな、なんて。頭の片隅でそんなことを考える。監督と観客の俺が。
「羨ましかったし憧れてたしイライラしたし大嫌いだった! あいつの言う事やる事いつもクズなのに絶対に結果を出した、面白いわけないだろ! それなのにベタベタくっついて追い回して、気持ち悪いんだよ!」
自分の頭が悪いと思った事は無い。大馬鹿野郎だとは常々思っていた。自己肯定感が低いわけでも謙虚だったわけでもない。真実であり事実だったからだ。
晴海には絶対に勝てない、超えられない。
「俺の前で晴海の話をするんじゃねえよ胸クソ悪い! 褒めようが貶そうが崇めようが憎もうが全部が気に入らないんだよ! いつになったら消えるんだ、見聞きするだけで嫌でも過去に引っ張られる! くっついたまま離れない、ふざけんな!」
俺は今怒っているのか、それとも泣いてるのか。それさえわからない。暑いし熱い、喉も胸も頭も。




