8 決着
「お前は晴海のコピーになりそこなった。中途半端でも東風晴海の偽物みたいなもんだ。晴海の偽物であり、俺の偽物でもある。俺が歩んでいたかもしれない別の俺ってところか?」
なんだか面白くで口元に笑みが浮かぶ。
「お前みたいな道を選んでいたら、それなりに人間らしい生活ができてたんだな。俺もそうすればよかった」
面白くてたまらない。
全く楽しくないが。
「俺の前で」
流星の首を左手で鷲掴みにした。息ができないのか悲鳴をあげながら必死にもがいている。爪が刺さる勢いで掴んでるからそりゃ苦しいか。
「晴海の話を」
消えてくれよ、俺の前から。晴海も、アイドルの東風晴海も。よくわからない俺も。
渾身の力でナイフを振り下ろす。
「するな!!」
「やめろ!」
ナイフが突き刺さるのと、風間さんの声が聞こえたのは同時だった。どうやら会話を聞いてさすがにやばいと思って駆けつけてくれたらしい。あっちのケリがついたのかな。
「遅いですよ、何やってるんですか」
流星の上に馬乗りになって背を向けたまましゃべり続ける俺は、異様な光景だろうな。あの風間さんが、何も言ってこない。
「普通こういう時って、俺を羽交い締めにするとか、ナイフあげた瞬間に叫んで俺が思いとどまるとかそういう展開でしょ。何、刺した後に来てるんですか」
普通ヒーローって間に合うものなんだけど。俺にはそのおこぼれをもらう権利すらないのか。
「ちょっと期待してたんですよ? あなたが止めに来てくれるんじゃないかって。それなのに、振り下ろす瞬間になっても来ないし」
俺はまたがっていた流星の上から立ち上がって風間さんの方を振り向く。
「おかげで、自分で止めなきゃいけなかったじゃないですか。最悪だ」
ナイフは、流星の首の数ミリ横。ほんの少しずれた場所の床に突き刺さっていた。まるで泣いているかのようにゼイゼイと荒い息を繰り返している流星は放心状態だ。それを見た風間さんが、ようやく肩の力を抜いたようだ。
「悪かったって。これでも全力疾走してきたんだよ。猫共が邪魔しなけりゃ間に合ってた」
「お疲れ様です」
「とりあえず俺のほうは決着がついた。他の猫が駆けつけてくる前に出るぞ」
その言葉に俺は歩き出そうとしたけど。床に転がったままの流星を静かに下ろした。
「またな、龍弥」
あいつの本名を言えば面白いくらい体を震わせたのがわかる。ライブの時ファンが名前を叫びやすいように、語呂や韻の良いアイドルっぽい名前に変える。これも晴海の方針だった、俺以外は全員名前を変えてたからな。
なにせこいつの名前を考えたのは俺だ。
カンパネラは俺が入れ替わってから、メンバーの追加を行った。第二期メンバーが流星だ。笑った顔が全然違和感のない見事な作り笑いだったから、女の前では輝けるだろうなと思って流星とつけた。
まぁまぁ間違ってなかった、生き急いであっという間に燃え尽きるという意味ではぴったりだ。
またな。まるで呪いだ、別に会う予定なんてないけど。俺のまたな、にあいつは一体どういう解釈したんだろうか。俺がお前を絶対に殺しに行くからとか。黒猫の罪を暴いて裁判所で会いましょうとか? そんなロマンチックな展開でも考えてくれたかな。
全然何も考えてないけどな。
無言のまま俺たちは全力で走ってすぐに電車に乗った。忘れてたけど電車に乗る前に風間さんが俺の腕を止血してくれてる。後で医者かな、縫わなきゃいけないかも。御上さんに相談だ、勝手に警察に通報とかしない医者を紹介してもらおう。
公共施設を使って移動してるなんて猫どもは夢にも思わないだろう。風間さんは目立つからタクシーを使ったと踏んで包囲網とか考えてそうだ。
俺たちはずっと無言だ。俺の方は電話で話を聞いてただろうけど、俺は風間さんがどういうやりとりをしたのかがわからない。でも正直に言って興味はなかった。
ごちゃごちゃといろいろ考えるかと思ったが、今俺の心の中はこれといって特にモヤモヤと考え込んでいるわけでは無い、真っ白だ。空っぽだし真っ白、灰色、無色透明? なんだろうな。
まるで舞台に一人でぽつんと立っているかのような話だ。客もいなければ共演者もいない、カメラマンも監督もいない。俺が一人だけで舞台に立っている、照明もない中で。
いくつかの駅を通り過ぎて四つ目の駅で風間さんが降りた、俺もそれに続く。この駅はそうか、月守さんの店がある駅だ。ウェブラジオをやっていたとき俺もよく利用していた。
あれからどうなったのかを話に行くんだな。そう思って歩いていたけれど、風間さんが脇道に入って公園で立ち止まった。
もう深夜だ、誰もいないけどもともとこの公園自体誰も使っていないのかもしれない。草がボーボーで遊具も撤去されている。まるで添田と話した時みたいだ、そういえばそんな奴もいたよな。




