7 殺意
取るに足らない雑魚だからな。そう言って笑っていると流星が吠えた。腹の底から叫んでるって感じだ、ここだけ見ると完全に頭がイカレたやつにしか見えない。
頭がイカレてるのはずいぶん昔からだろうに。晴海に利用されているときに助けを求めなかった時点でこいつの頭が終わってる。
「さすが晴海とベタベタくっついてただけあるな、本当にゲロ吐きそうだ!」
「よかったね」
「もういっそのこと、お前が晴海をやったらどうなんだよ!? 俺じゃ役不足なんだろ、お前がやってみろよ黒猫を! さぞうまくやるんだろうな、ええ!?」
お前が晴海をやったらどうだ。
頭の中でハウリングのように響き渡る。
ああ。終わった。もうだめだ。
耳にはまだギャーギャー騒いでる声が響いてくる。でもそんなこともうどうだっていいんだ。
俺が晴海をやったらどうなんだ、確かにその通りだよ。俺はあいつを演じることができる。たぶんほぼ完璧に。
「お前が晴海をやってくれるんだったら、俺がやりたかったことやらせろよ! 俺はずっとあのクソを殺してやりたかった!」
流星がポケットからナイフを取り出して俺に振りかざしてくる。
あのナイフが当たったら俺は死ぬんだろうか。死ぬに決まってる、人間なんだから。化け物みたいだと思ってた晴海だってあっさり死んだじゃないか。
死神がどうやってあいつの近くに入ることができて、体術がバカ強かった奴を殺すことができたのかわからない。駅で俺と会ったのと同じ、気がついたらもう後ろにいたりするようなやつなんだろうな。
ナイフを振り下ろす腕は弧を描いて、俺に突き刺さる。
「下手くそ」
俺の声が部屋に響いた。ナイフが刺さった、俺の腕に。あんまり切れ味の良いナイフじゃなかったんだな、骨にあたって貫通していない。
「なんで首か心臓じゃないんだよ。お前ほんとに殺す気あるの?」
流星の手を掴んで渾身の力で捻る。ブチって音がしたから筋を痛めたか、もしかしたら骨折したかもしれない。それほど大きな叫び声をあげず一気に距離を取る流星はさすがだと思う。
さすが、晴海のコピーになろうとして失敗しただけはある。痛みに対する我慢強さは人一倍だ。
「なんで!?」
腕にナイフが刺さったまま俺が平然と立っているからだろうな。なんでって言われても、なあ?
「いや俺だって痛えよ? でもそんなのどうだっていいんだよ」
言いながらゆっくりと近づく。稽古場の中には様々な小道具がある、それほど普段片付けをしていないらしく床に転がっている物も多い。
動こうとした流星に、筋トレ用の鉄アレイを足に向かって投げつけた。直撃しなかったが、咄嗟に避けた拍子に自分で自分の足を引っ掛けたらしくその場に尻餅をつく形で転んだ。
「お前は晴海の事何回殺してやりたいと思った」
転んだ流星の顔面を鷲掴みにして、そのまま床に後頭部を叩きつけた。頭への打撃はダメージを軽減できない、受け身を取りようがない。どれだけ体を鍛えても急所というのは全人類等しく急所だ。
「俺は毎日一分一秒あらゆる時間あいつを心の中で殺してた」
俺の心が殺されてきた。自分を守るにはそれぐらいしかできなかった。
「憎いとか見返してやりたいとかそんな感情はないんだよな。そういうのじゃないんだよあいつは。わかる? お前だったらわかってくれると思うんだけど、わかるかなあ。キモいとか、ウゼエとか、それも違う。全く違う」
耳元で囁く。俺の地声とあいつの地声がそっくりなのが本当に虫酸が走る。
一言で表すのが難しい、俺にとって「東風晴海」という存在は。一つ確かなのは、プラスの感情だろうとマイナスの感情だろうと俺を苛立たせるのには十分だってことだ。
「俺が晴海をやればいい、なんてよく言えたもんだ。俺に向かって、よりにもよってそんなこと。よく言ってくれたよ、おかげで目が覚めた」
流星は必死にもがいているけど抜け出すことができない。相手の自由を奪う関節技なんて、出会ってすぐに体に叩き込まれた。その抜け方を知らないあたりこいつはずいぶんと大事にされてたんだな、羨ましい限りだ。ちゃんと晴海に大切にされてたじゃん。
死ぬような目にあってないんだろ?
「武器、ありがとう」
そう言いながら腕に刺さっていたナイフを引っこ抜いた。すげぇ痛かった気もするけど、たぶん気のせいなんじゃないか。だってこの程度の痛み、全然たいしたことないじゃないか。その光景を驚愕の表情で……違うか、ちょっとビビってんのかな? なんでだ。こんなの全然大した事じゃないだろう。
「自分で殺してくださいって言ったんだ。思い残すことはもうないよな?」
くるくるとナイフを手の中で回す。柄をつかみ、刃をまっすぐ流星に向けた。




