4 Good evening
「バックってお前……ドラマの見過ぎだ、言ってて恥ずかしくないのか。必殺技叫ぶナントカレンジャーじゃあるまいし」
「……」
恥ずかしくないんだよな、ツッコミ入れられるまでは。指摘されて初めて恥ずかしく思うんだよ、人間って。自分の言動に酔いしれてるから。
「あとお前のおしゃべりの相手は俺じゃない。たぶんもうすぐ来ると思うからそっちで話してくれ、お前は邪魔だ」
「……」
邪魔だ。晴海の口癖だったなそういえば。黙り込んだところを見ると、流星はそのことを思い出したのかもしれない。
俺はそっとその場を離れた。ここに来る途中で見つけた二階にあるいくつかの稽古場。事務所でも稽古が出来るように防音仕様の部屋がいくつかあるみたいだ。第一稽古場と書かれた部屋に入って、俺は勝手に椅子を出してそこに座る。そして風間さんに電話をかけた。ワンコールで通話となる。
「ようこそ巣穴へ。シャバの空気美味いだろ」
「おかげさまで」
電話の向こうでは軽口を叩いて笑っている風間さんがいる。敵に囲まれているというのに随分と余裕だ。どこまでが演技なのか全くわからない。もしかしたら演技じゃなくて素なのかもしれないけど。
おかげさまで、この言葉にどんな意味があるか向こうは考えているはずだ。風間さんにはとんでもない協力者がいるんじゃないかって。警察署から殺人容疑の人間をあっさり出すことができて、誤認逮捕の情報操作が早すぎる。実際そういう人がいるのは確かだけど、風間さんには全然関係ないけどな。今の言葉に嘘はない。撮影とかいろいろお世話になったからそう言っただけで。単純に黒猫どもに対する嫌がらせだ。
「流星に伝えて下さい。第一稽古部屋にいるから、俺に用事があるんだったお前が来いって。どうせ岸辺から聞いてないだろうから。あっちも自分の首がしまって身動き取れなくなってる頃だろうし」
「……だとさ、ボクちゃん。愛しのダーリンが待ってるぜ」
すぐ近くにいるらしい流星に言ったのだろう。俺が電話をかけた時すでにスピーカーで取っているんだ、声の響きの感じがいつもと違う。
バタン! と扉を乱暴に閉める音が響いて、電話の向こうでは相変わらず風間さんがケラケラと笑っている。
「ナチュラルに般若みたいな顔する奴初めて見たわ」
「そりゃそうでしょうね、嫌われてましたから。そっちは任せて大丈夫そうですか」
「とりあえずはな。他の猫ちゃんが集まったらお前とっ捕まると思うからさっさと終わらせろよ」
「はいはい。風間さんもミンチにされないように気をつけてください」
「善処する」
まるで緊張感のない会話を終わらせて電話を切ると同時だった、勢いよく扉が開いたのは。そこにいたのはアイドルとはかけ離れた殺気立った顔の流星だった。
「Good evening, it's a wonderful night」
声をかけても無反応だ。殺気立ってはいるが人形のように無表情でもある。晴海の前ではいつもこんな顔してたんだなこいつ。
「なんで俺に会うのにこんな面倒なことするのかなあ。普通に会って話すればいいだけじゃん。久しぶり、元気だった? どうやって生き返ったんだよ、ってな」
「お前、なにがしたいんだ」
怒りを押し殺したような低い声。
「そりゃこっちのセリフだ。なんでちょっかいかけてきたんだよ? ほっとけばいいだろ、お互いもう何の関係もないんだから」
俺の言葉に流星の眉がピクリと揺れる。
「何の関係もない。ずいぶんな言い方だな」
「俺はキラキラ輝く世界で人気ナンバーワン、お前は汚い仕事をやらされたからって? やらされたんじゃなくて、やりたくてやってたんだろ。弱みでも握られてたのか? ないよな、そんな面倒なことする奴じゃないし。甘い汁が吸いたくて自分で這いつくばってただけだろ」
何かを叫ぼうと口を大きく開いた流星だったが、先に俺がそれを遮る。
「俺が売れたのは俺が凄かったから。お前が売れなかったのお前が大したことなかったから。それだけだ」
アイドルの東風晴海はこんなこと絶対に言わない。常にメンバーに声をかけて気にかけ、嫉妬されながらも信頼はされていた。なんかもう不動のナンバーワンだよね、こいつには敵わないよな。そんな雰囲気が出来上がっていた。
「人気順位なんて晴海が捏造したんだろうが!」
「知ってるよ。俺とお前の人気投票の差は一万票じゃなくて二十三万票な。あまりにも差が開きすぎると圧倒的すぎて盛り下がる。接戦を演じてただけだ」
その言葉に流星は黙り込んだ。目を見開いてブルブルと震えている。たぶん実際は自分の票の方が多いと言われていたんだろう。あいつがよく使うテクニックだ、こいつの性格を考えれば悔しい思いをさせたほうがガムシャラに動く。こいつは調子に乗ると自分勝手な行動するように見せて、怒りの矛先を俺に向けていることでかなり操やすくなるのだ。俺を抜かすこと、俺に勝つことだけに集中するから思考回路がすごく読みやすい。




