5 半井という人間
「拉致監禁されるのはお前だよ、俺はひき肉にされてハンバーグかな。ま、もう大丈夫だ」
一体何が大丈夫なのか分からないのでとりあえず少しだけ顔を上げた。すると真正面から走ってきたのは1000cc以上ありそうなゴツいバイク。フルフェイスヘルメットをかぶっているから正直敵なのか味方なのか全然わからない。まるでチキンレースのようにお互い全く避ける様子がないが、もうぶつかるというところでバイクがポンッと飛んで車を飛び越えた。
いや、どうやったんだよ? 跳ね上がる傾斜とかなかったよな? 車をジャンプ台に乗り上げたわけでもない。なんなんだ、エナジードリンク飲んで翼でも生えてるのか。
「バイクって自力で飛べるんですね」
後ろから事故るような音や発砲音が聞こえてくる……気がするけどもういいや。
「あいつはバイクで登山も雪山の滑走もできるくらいだからな。ハーレーでトラックに殴りかかるような奴だし」
「ハーレーは乗り物だって教えてあげてください」
「重い物は全部鈍器だと思ってんだよなあいつ。面白い奴だよなあ」
……チカラオブパワーみたいな人っているんだな。細身に見えたけど。
「誰ですか?」
「ほれ、前に言っただろ。本人なりきりのビジネスは有栖川とお前、もう一人できる奴がいるって。そいつだよ」
「はあ」
「あいつはお前以上に裏の深いところまで潜って仕事をしてもらってる。後片付けはあいつに任せるとして、とりあえず会社に戻るぞ。今ンとこ安全地帯はあそこしかない」
「地球防衛軍基地とかなんですか、あそこ」
「まあ怪獣が襲ってきてもいいようにカスタムしてんのは確かだ。核くらいはしのげる」
たぶんもう警察は俺をマークも何もしてないんだろうな。ずいぶんと強引なやり方で逮捕しようとしていたから、これまた同じように強引な手段でそれを止めに入られた。岸辺にとっては屈辱的な展開のはずだ。確かめようがないけど、もしかしたらそれやったの一緒にいたあの男性かもな。蕎麦を頼みに行くって席を外したが、上に報告に行ったのかも。そんなことを考え込んでいると。
「お前はありとあらゆる人間の心理や行動を理解する。初めて会った相手も多少の会話でこいつはこういうやつだって相手の深層心理に近づくことができる。プロファイリングを数段飛び越えた上位交換みたいなもんだ」
客観的にそう言われると、そうだったのかとストンと自分の胸に落ちるかのようだ。他人になりすますのが自分でもうまい方だと思っていたけど、そういうことだったんだな。
俺はもともと自分自身がない、無色透明だった。そんな中で晴海に徹底的に人間の心理を叩き込まれた。心理学を散々やらされたのも、人間の欲望が渦巻く水商売に連れていかれたのも。アイドルという他人を蹴落として、輝いて見える世界を総なめにするのも。そのことで恨みを買うのも、買わないように相手をコントロールするのも全部そうだ。あいつなりの教育方法だった。本なんて何百冊読まされたことか。今でも読書の習慣が残ってるくらいだ。
「もちろん例外はいるが。例えば俺の考えてることはわからないだろうし、最近でいうと風間縁の真似はできないだろ」
「そうですね」
当たり障りのない平和な生き方をしてきた奴は手に取るようにわかる。一本ネジが飛んでるやつくらいなら、ここもまだ把握の範疇内。だがやはりレベルが違う人間というのはいる。そういったものを理解するには深く話し込むのは必須だ。どれだけ努力を重ねてもたぶん火男さんの完全理解は俺にはできないんだろうけど。
「有栖川との違いはそこだ、前も言ったけどな。あいつは完全に本人になる。なりきるなんてもんじゃない、文字通り本人になる。だから本人が選択しない事は絶対に選択しないしそれ以外それ以上の事はやらない。だがお前は違う、そこに自分の意思が入る」
そうだ、俺はあくまで演者だ。演じている自分を客観的に見ている自分がいる。
「お前は一人で舞台を完成させてるようなもんだな。脚本、演者、観客、そして舞台袖のスタッフや他の共演者。それら全部を自分一人のものとして集約できる。多重人格でもないのに、自分の中に複数の自分を持っているからこそできる業だ」
「そう、ですか?」
「なんだ、これに関しては無自覚だったのか? アドバイスしちゃったなぁ、有料級だから後で金払えよ」
楽しそうに笑う火男さん。でも今言われた事は俺の中でパズルのピースがはまったかのようだった。確かにそうだ、俺は演じていながら客観的にも見ているし、俺自身の意見を取り入れることでスタッフにも共演者にも監督にもなっている。主演タイプで生きてきた奴は、脇役タイプとして演じることができる。状況に合わせて本人が選択しないであろう選択肢も俺は選んで行動する。それは昔からずっとやってきたことだ。
結局今の俺は俺自身が掴み取った人生ではなく晴海によって作られた人生といっていい。




