4 不思議な人物像、才華
彼はアルバイトで出会ってしばらく一緒に仕事をしていたことがあるということだった。とある企業で簡単なエクセル入力代行など、その場限りの仕事だったらしい。給料は月払いだったが、才華は日払いにこだわったそうだ。いきなり辞めるかもしれないから長期になる仕事は回さないでほしいと常々言っていたらしい。その会社は日雇いをやっていたから別に問題なかったみたいだけど。
「短期間で金を稼ぎたいって言ってた。パソコンは得意な方だからいい稼ぎになるって言ってたよ」
違うな、というのが直感だった。パソコンが得意だからではない、日雇いオーケーの会社だったからだ。すぐにいなくなっても困らない後腐れのないものを選んでいたに違いない。今時は面接なし、それこそネット上で申し込みをしてQRコードで本人確認をするというバイトの形が増えてきている。
「一言でいうとどんな人でした?」
「一言では言い表せないんだけど。そうだな、無色透明っていうか。ある日突然いなくなっても別に違和感がないような人かな。自分の主張はしないし、必要最低限のことしかしゃべらない。愛想がないっていうわけじゃなくてちゃんと会話ができるんだけど。仕事に必要なことだけだね」
俺じゃん、それ。
「例えば事務所に五、六人同じような仕事してる人が集まったとして。いつの間にかあいつが帰ってても気づかないことの方が多い。本人はちゃんとお疲れ様でしたって言ってるんだけど、仕事に集中してると素通りするんだよその言葉」
そこまで聞いてなんとなく気になったことを聞いてみる。
「誰も気づかないけど、あなたは気づいたってことですか」
「ああ、まあ。そうなんだよね。昔から少しの変化に自然と目がいっちゃうっていうか。勘が鋭いとか観察力があるって言われた事は何回かある。そしたらそれが気にいったのか、たまに話しかけてくるようになって連絡先も交換した。友達っていうほど仲いいわけじゃないから、最後に連絡取ったのは半年前だけど」
辞める時も何も言わずに辞めた、失踪したこと自体も知らなかったそうだ。母親にはこの人のことを話していたらしく、母親が探偵のようなものを雇って探し出して息子を知らないかと言ってきたらしい。
「頼ったのは警察じゃないんですね」
「それは俺も思ったよ。それだけでもなんか訳ありの家族なんだなって思うじゃん、深く関わるのやめとこうって。あいつならいろいろ器用にうまくやるから、なんか事件に巻き込まれたとかじゃない気がするし」
そこまで話すと彼はなんとなく考え込むように目を伏せる。
「不思議な奴なんだ。何考えてんのか全然わかんないし、言ってることもたまにわからない。確かなのは自分の本心を絶対に表に出さない奴だなってことくらいかな」
そう言ってカバンから何枚か紙を取り出した。それは彼が手書きで書いた才華に関する特徴だった。そして大変ありがたいことに才華の写真もデータで送ってもらえた。写真は普段撮りたがらないらしいのだが、この人にはよほど気を許していたのかな。
写っていたのは飲み物を飲んでいる何気ない写真だ。二人で写ってるのかと思ったけど一人だけか。全体の雰囲気も顔も、本当に特徴らしい特徴は無い。前髪が長めで表情が少しわかりにくい、たぶんこの髪型もわざとなんだろう。
注意深く見てみるとそれなりに整った顔立ちだ、痩せ型で本当にこれといった特徴がない。無色透明だという例えがぴったり当てはまる。
お礼を言ってその場を後にした。普通の人が見たらたぶんどこにでもいそうな人という感想抱くのかもしれない。でも俺はひと目見て思った。火男さんから聞いていた通り絶対に普通じゃない。前髪から少しだけ覗く目、まるで捕食者みたいに鋭い。
依頼人に到着時間を知らせて自宅に向かう。インターホンを押して名乗ると玄関が開き、小綺麗な女性が迎えてくれた。俺はなるべく目立たない地味な格好しているから、本当にあなたで大丈夫か、とか言われるかと思ったけど。予想に反してかなりあっさりと迎え入れてくれた。
「無茶なお願いでごめんなさいね。まさかこんな急に帰ってくるとは思わなくて。いろいろ言いたいことがあると思うけど今回は何も聞かず依頼だけこなしてもらいたいのです」
「そこは会社からも注意されているので大丈夫です。ただご提供いただいた資料だけではどうにもわかりにくいので、もう少し詳細を教えていただきたいのですが」