5 黒猫たちのターゲットは
「監督は風間さんだから、これで違和感がないと判断したんだったらいいんじゃないかな。もしかしたら追加シナリオとか考えてるのかもね」
「追加シナリオ?」
「前に言ってたんだ。脚本家と監督が同じ人の場合、その場でシナリオを変えることがあるんだって。その俳優が一番輝くシーンになるようにセリフとか微調整する人いるらしいよ」
「へえ、そうなんだ」
そう言う彼女はどこか上の空だ。俺との会話があまり頭に入っていないような感じだ。二、三回そのシーンを巻き戻して見つめている。
「どうする、編集俺がやろうか」
「え、あー、ううん。半井さん今三話のクライマックスやってるんでしょ。これは私がやるよ」
食いついた。直感的にそう思った。彼女にしか刺さらない何かを含ませておいたんだろう。動作には特に不自然な点は無いから、セリフか。いや、追い詰めていたはずなのに逆に追い詰められているというシチュエーションか。いずれにせよ風間さんが何か動き出したということだ。
「そう? こっちが終わったら俺も手伝うから無理しないでね」
「ありがと、やっぱり半井さんて優しいね」
「もっと言って」
「あはは」
表向きはなごやかな雰囲気で編集が進んでいく。飲み物をとりながらさりげなく彼女を見てみると。案の定無表情となっていた。
さっきのシーンでの二人の会話。女の方が主人公に「あなたのやってる事は全部わかっている」と言っているところだ。もちろんこれは女性の勘違いで主人公は犯人じゃない。
彼女は主人公が持っていなかった別の手がかりを手に入れていて余裕の態度を見せたのだ。しかし実は主人公には隠し事があり、それを言い当てられたと焦ってしまった。
本来の台本では散々女性をまくしたて優位に立っていたと思われた主人公が、女性のたった一言で動揺してしまうというとても重要なシーンとなる。
わざわざ変える必要なかったと思うが……いや、愛梨が黒猫だということを考えれば。そうか、おそらく彼女に似たようなシチュエーションがあった。
「あなたのやってる事は全部わかっている」
もし、これを愛梨自身が言われたことがあるとしたら?
全部、とは一体どれのことだと動揺するはずだ。黒猫の活動か枕営業していることか、犯罪行為を手助けしていることか。
もしもその言葉を言ったのが自殺した、と思われている杏樹さんだとしたら。同じ部屋でお互いの私物がどこにあるのかもわかっていた。通帳の記帳なんて誰だってできる。暗証番号なんていくらでも調べられるからな。
まさか殺人をやったとは思わないが、少なくとも死因は自殺じゃない可能性もある。そして一連のことを何故か風間さんに相談した、普通だったらやらない。
知り合いの金がなくなってるからって犯罪に巻き込まれてるなんて思わないだろう。まさか死なれると思ってなくて本当に動揺したのか、それとも。
「死神たち」の次のターゲットが、風間さんか。
割とあっさりと答えが出た。黒猫は複数いるし、死神も一人じゃない。お互いフォローしあって死神という偶像を一つ作り上げているに過ぎないんだ。
風間さんが何かに気がついて狙われているのなら、こんな面倒なことをせずにさっさとどうにかされているはずだ。つまり相手はあくまで噂を目立たせるため、そしてがっつり儲けてる風間さんの資産を狙って目をつけたってわけか。
風間さんはそれにいち早く気づいた、こそこそやる連中に合わせてこそこそやるやり方を選んだんだ。芸能界に長くいる人だ、そういう事は日常茶飯事なんだろう。騙し、騙され、信用したと思ったら裏切られ、最初から仲間だなんて思われてない。俺もそうだった。
死神の候補者をピックアップしたって言ったけど。たぶん、全員死神の一員なんだ。詳しく調べてないが、ここ最近起きている自殺者達と何らかのつながりがあるはずだ。愛梨と杏樹さんのようにわかりやすい人はおそらくあまりいないんだろう。以前仕事で一緒にしたことがあるとか、意外なつながりで実は仲が良いとか。
『多人数にはメリットがたくさんある。実力も罪悪感も分散できるからな。悪いことを一人でやったら後悔するかもしれないが、十人ぐらいでやったら自分はほんの少し手を貸しただけだって言い訳できるだろ』
人間の心理とは、そういうものだ。小さな島国で集団生活そのものが生きる道だった日本人にとって周りと合わせること。周囲と同じことをするのは安心につながる。
安心とはすなわち、自分で考えることを放棄するということ。
いいように使われているだけのこんなアホな子ではなく。必ず死神のリーダーは愛梨の近くにいるはずだ、そいつを引っ張り出す必要がある。




