2 月守
そこで一瞬だけ間があいた。ここにきて俺はためらうのか。
「……ハルミ、で」
「自分で提案しといて動揺すんな」
「そうですね。本当にその通りです」
デスゲームと「ハルミ」だけでは六年前の事件に結びつける人はいないはずだ。六年前の事件を蒸し返して風間さんに迷惑をかける事はたぶんない。
多少名前をもじってミハルでもよかったが、ここはストレートにいったほうがわかりやすい。匂わせが強いと相手も警戒して調べる時間が長くなる。ここは馬鹿正直に行くべきだ。
黒猫が俺の正体に気づいているのなら、宣戦布告だと必ず気がつく。手首を痛めたやつは他のやつに情報共有している。アホは必ず即食いつく、そういう雑魚には興味がない。俺が引っ張り出したいのはそのもっと奥にいる奴だ。東風晴海の存在をちらつかせれば必ず食いつく。
この内容は御上さんにも報告済みだ。たぶんコトは思ったよりもでかくなる、火男さんには報告しておいた方が良い。
そして撮影初日を迎えた。風間さんのこだわりは徹底していて、出演者はお互い絶対にブッキングしないようにしている。臨場感を出すために本当にネット上でのやりとりだけで撮影をしていこうという事だった。撮影する人はすべてのシーンを一日で撮り終える。それが終わったらあっさりとクランクアップだ。
監督と主人公は風間さん、カメラマンは居酒屋の店主さんだ。それを知ったのはついさっき、おかしな順番だけど改めて自己紹介をした。考えてみたら俺はこの人とちゃんと挨拶をしたことがなかった。
「半井宗、が今の戸籍名です」
「なかなか個性的な自己紹介だ。俺はツクモリヒト」
ツクモ。九十九、かな。それが表情に出たのか、ツクモさんは続ける。
「月と守る、で月守な」
結構珍しい苗字だ、読み方が特に。それにしてもツクモ、ツクモか。どこかで聞いた気がする。常に聞いてたわけじゃなくて頭の奥底に残っているかのような、そんな名前。……そうだ、ツクモって、確か。
『ツクモカイ。こいつの演技を完璧にコピーしろ。役者としてのレベルが他の若手に比べて段違いだ』
『なんで役者の演技が必要なんだ』
『アイドル売れたら次の仕事はドラマが舞い込むのは当たり前だろ。演技をやらせたら意外と上手いって路線にしないと起爆剤がない。そう印象づけるにはこいつの演技が一番役に立つ』
まだアイドル活動を始めて間もない頃に言われたことだ。あの頃はアイドルがどういうものかも知らなくて、将来のことなんて全く考えてなかった。あの頃からあいつは役者としての道を考えてたってことか。
「あの、弟さんの名前ってツクモカイ、であってますか」
「ああ。苗字と職業からそこに気づくのはさすがだな。芸名は九十九櫂だが、本名は月守ミドリだ。海、に鳥、で海鳥」
「月を守るウミドリですか。なんとも神秘的な名前ですね」
なんとなくそう言ったんだけど、月守さんはキョトンとした表情で風間さんはなぜかプッと吹き出している。なんだ?
「理人、今のどう思う」
「俺が女だったらちょっとときめいてたわ」
「俺も」
「なんなんですかさっきから」
ちょっと意味がよくわからないんだけど。
「ごく自然に賛辞が出る人だなあ、って」
「え、普通そう思いません?」
「まあ、当の本人はその名前はあまり好きじゃなかったんだけどね。響きが女っぽいだろ。小さい時は中性的な顔立ちだったからなおさら。学校じゃ結構からかわれた」
本人にとってのコンプレックスというのは他人には理解できないものだ。どんな人もそれは同じ。別にそこまでブスでもない人が自分がブスだと嘆くのも、やたらと歯並びを気にするのも、喋るのが下手でコミュニケーションが苦手だと嘆くのも。
他人からしたらかなりどうでもいいことだけど、誰もが自分は注目されてる見られてるって勘違いして。
安心していい、誰もお前のことなんて意識に入れてない。一般人が意識に入れるのはアイドルや芸能人、人の感情や金をコントロールすることを商売にしている連中くらいだ。
「とりあえず今回の撮影について、他のスタッフはあまり考えてない。ショートドラマだし、こういう撮影ができるレンタルスタジオもいくらでもあるから何とかなる」
俺たち二人で大体いろいろできるからな、と月守さんがカメラの準備を始めた。
「俺も昔劇団で大道具とか照明とかいろんなことやってたので、手伝える事はやります」
「ほんと? それは正直ありがたいな、頭数が増えれば効率が上がる。編集作業は?」
「できますよ、劇団のPR動画とか俺が作ったので。カットからBGM挿入まで一通り」
「マジで助かるわ」
「スタッフはもう一人増やす」
俺と月守さんの会話に風間さんがそんなことを言った。月守さんも聞いていなかったらしく誰だよと尋ねている。
「愛梨。半井には前に言ったよな、はとこでアイドルグループの一人だ」




