3 きな臭い依頼内容
「間違ってたら指摘してください。息をするように嘘が上手で、罪悪感がなくて、自分の考えを押し通すためだったら倫理に触れることもして、それを悪いとも思っていない。自分勝手に思えて実は周囲を自分の都合の良いようにコントロールするのが上手い厄介なカリスマを持ってるっていう認識なんですけど」
「完璧な答えだ、そういう人間だよ才華は。学生時代の同級生を数人あたってみたが、誰もはっきりと覚えていなかった」
どういうコネ使って調べたんだと思ってしまうけど今はそんな事はどうでもいい。自分を消すのがうまい、あえて記憶に残らない選択ができる。それは一緒に暮らしている母親に対してもそう。だからといって好き勝手やってもバレないだろうと適当にやってしまえば父親にはばれるということか。似たり寄ったりな親子なのかな。
「火男さんのことだから資料まとめてるんでしょう、それを今から頭に叩き込みます。でも一個質問いいですか」
「おう」
「なんで今回俺が? 有栖川さんの方がうまくできるでしょう」
有栖川さんはこの会社でトップの実力を誇るスーパーエースだ。どんな要望にも絶対に応えることができる、どんな人間にもなれる。どんなメイクのテクニックを使ってるのか知らないけど見た目も本当に瓜二つになれる。友達や親戚といった漠然としたキャラクターよりも、実在する人物そのものになってくれという依頼にはまず有栖川さんがやるはずなんだけど。
「たぶん有栖川は今回不向きだ」
「逆に俺が向いてるっていうことですか、分りました」
相変わらず含みを持たせたような言い方をする人だ。1+1=2、という式の1「 」1=? みたいな会話は火男さんの特徴でもある。要するに答えを導き出すための材料を自分で考えて、覚悟も決めとけっていうスパルタな人なんだけど。
「正直今回失敗する可能性の方が高いとは思っているが、少し気になることがあってな。先入観を持って欲しくないからお前にはまだ言わないでおく、いつも通りやってくれ。あとこれは俺個人のアドバイスだが」
この人がアドバイスって珍しいな。有料級ですかとかツッコミ入れた方が良いだろうか。
「無理と無茶して良いが、無謀なことはするな」
「またそうやって頭が混乱しそうなこと言って。役作りするんだからやめてくださいよ」
「はは、悪い悪い。でもまあ、才華として、じゃなく半井として無茶をするなって意味だ」
そう言うと手に持っていたスマホを操作して俺のスマホにデータを送ったようだ。プッシュ通知が鳴って資料が送られてきたことが表示されている。
「今回は会社でというよりも俺が個人的に受けたという意味合いが強い。うまくいったら特別ボーナスを支払う。お前のことだ、金が欲しいとかはないだろ。何か考えておけ。よほど無茶なことでなければ多少のわがままは目をつぶる」
まるで俺がわがままなことを言う予定でもあるかのような言い方だ。それだけトラブルになる可能性が大きいってことか。
本来であればこういったビジネスとして成立するかどうか微妙なものは断るはずなんだけど。何か事情があるんだな、気になることがあるって言ってるし。
軽く挨拶を済ませて俺はひとまず会社内にあるフリースペースの椅子に座った。送られた資料を見てみると頭に叩き込むまでもないような簡単な情報しか来ていない。
業務指示はシンプルで、まず依頼人から頼まれた才華の唯一の知人と呼べる人物と会うことだった。会ったらすぐに自宅に向かい今後の打ち合わせ。本人の交友関係に直接会うのは本来NGなのだが、依頼人である母親が既にその人に連絡をしているそうだ。これはこっちとの打ち合わせをする前に先走って連絡したっぽいな。
友人ではなく知人という表現が少し気になるところではある。それに、正直に息子の失踪を公にしない母親に協力するっていうのもちょっと意味がわからない、その人弱みでも握られてんのか?
なるべく早めに自宅に来てほしいという依頼人の言葉を受けて、知人に会う時間は三十分とした。事前に資料になりそうなものを持ってきてほしいこと、思い出せる限りの本人の特徴を教えてほしいということを会社から連絡してもらった。
そして自宅に向かう途中の駅で待ち合わせをする。知人の男性の名前は教えてもらっていない、服装の特徴だけ教えてもらっている。その特徴の人物を見つけ歩み寄ろうとしたが、それまでスマホを見ていたのにふいに顏をあげ、俺を見ると迷うことなく近づいてきた。
「派遣会社の人?」
「そうですけどよくわかりましたね」
「なんだろうな、雰囲気がちょっと才華に似てた。失礼を承知で言うと存在感がないというか、いかにも通行人Aみたいな」
それはそうだ、俺は日ごろからあえて自分を消しているから。……なるほど、才華という人物もそれを日ごろからやっていたということか。