7 目をつけられた半井
「じゃあ自分で捨ててくれ。自分の心を、ちゃんと自分で。俺に押し付けられても困る。俺はお前じゃない」
間が空いたが、才華はノートを受け取った。
「尻拭うのは自分で、って言ったばかりなのが仇になった。嫌味は言うもんじゃないね、自分に返ってくる。痛感した」
はは、と渇いた笑いが響く。車の通る音、人の話し声、広告スピーカーから流れるセールアナウンス。いろいろな音があるけど、才華の声はよく聞こえる。
駅が近づいてきた。まさか電車まで一緒に乗らないだろうけど。
「一応、言っておかないと叱られるので言っとこうかな」
「ない」
俺の即答に才華は笑う。
「言わせてよ。事実として言った、っていう実績必要なのに」
「はいはい。どうぞ」
「黒猫に来る気はアリマスカー」
「ナイデスネー」
「はい、どうも」
茶番に付き合ってくれて、ってか。それとも断ったことに対して? たぶん両方。才華は俺にきてほしくないだろうから。よく似ていて、対極にいる俺を。
「今はまだ、貴方を引き抜けるって過信してる奴が多い。その辺を『理解』するのは僕の直の上司くらいかな。だから僕が貴方に関わるのはここまで」
他の奴らは、知らんけど。そんな声が聞こえる気がする。
「ああ、まあそうだろうな。どうせ大崎もまた来る」
「たぶん来ないよ」
「なんだ、明日には海に浮いてるか」
「そんな見つかりやすいことしないんじゃない。山か建設現場かな」
なんだかなあ。面倒な連中だ。
「じゃ、僕はこっちだから」
指差したのは地下鉄だ。俺とは真逆、わざわざ言ったってことは住所もバレてるのか。まあこいつにはいいかな、飼い主には報告してなさそうだし。
「僕の飼い主が、何がなんでも貴方を引っ張り込むって判断したら迎えには行くから。引越しの検討をオススメするよ。それじゃ」
俺の返事を聞かずに才華は歩き出した。俺も目的の改札に向かう。
えーっと、とりあえず会社に報告か。なんか後手になってる感ハンパないけど。メールしたら速攻火男さんにいったみたいだ、連絡がきた。「今から本社来い」と短い文章。夕飯まだなんだけどな。
電車に乗って本社のある駅に降りる。駅からだいぶ近いところにはるけど、あまり人通りはない。このあたりは車通勤が多いから歩行者もあまりいない。
今更だけどノート返さない方が良かったかな。あれで唯一残ってた「才華」らしさが消えてレベルアップしたらどうしよう。っていうか火男さんから俺が持ってろって指示されてたんだった、やらかした。
そんなことを考え込んでいたから、周囲への注意を怠ったのは確かだ。すごい速さの車がつっこんできて俺の横に急停車する。ドアが開いて一気に誰かが飛び出してきた。
あーなんか懐かしいな、アメリカいた時は十回くらい遭遇した。
二人、背は高くない。一人が俺に手を伸ばしてくるけど、とりあえずその手首を掴んで捻りあげる。
「いってえ!?」
素人だな、格闘技とかやってない。プロの誘拐屋とかでもなさそうだ。手際はいいから、何回か同じことしてるっぽいけど。もう一人は何か持ってる、スタンガンか。相手が一般人に毛が生えた程度なら騒いだ方がいいな。思い切り息を吸った。
「火事だあああ!」
まず俺の大声に男たちはギョッとした。そして近隣の人が窓から顔を出したことで慌てて車に飛び乗る。助けて、より火事のほうが野次馬根性で人が来るって教わったけど本当だった。車は急発進していなくなった。
顔は隠してたけど、今の二人のうち一人。あの目はそうか、わかった。大崎の動向は同業者に筒抜け通り越してモロバレじゃないか。
目立つ行動をしたので早足で会社に入り、社長室へ向かう。俺を見るなり火男さんはポカンとした。珍しいこともあるもんだ。
「なんかあったか? 邪悪なツラして」
「野良猫に噛みつかれまして」
「消毒しとけ」
「今からしますよ。ちょっと、危ないことに足突っ込みます。俺の身の安全のために」
「あ、なんか察したわ」
火男さんは苦笑だ。
「やばくなったら俺を切ってください。あと、俺をそっちに使ってください」
俺の意図に気づいたらしく、スッと目を細める。
「俺の小飼になる、意味わかってて言ってる……よな、お前なら。相当ムカついたか」
「目をつけられたのならケジメはつけないと」
俺の過去が知られるのも時間の問題だ。使い方はいくらでもある、あのキャラは一攫千金となるのだから。それなら裏で生きていく方が都合がいい。
「あちらの怒りに触れて山に埋められるのも建設現場にコンクリで固められるのもゴメンです」
「そりゃ俺も困るな。ま、細かい打ち合わせはしない。やりたいようにやんな。あと」
「はい?」
「お前を切るつもりはない。無理無茶無謀の線引きができてるからな、お前は」




