6 黒猫たち
「半井さんには表面上の取り繕いは不要です、何せあなたよりも格段にレベルが違いますからね」
その言葉に大崎は不思議そうな顔をしている。それで察することができないって、もうなんかこいつ絶望的にだめだ。場の主導権が才華に移っていることに気づいていないのも致命的なのに、そのヤバさがわかってない。
「さっきから何言――」
「火男さんの直属の部下ですよこの人」
一瞬沈黙が降りる。大崎はわかりやすいくらいに目を見開いていた。俺が探してる奴じゃん、そう顔に書いてあるかのようだ。
「正確には違う、別に直属の部下ってわけじゃない。普通に派遣として働いてるだけだ」
「でも社長自ら面接をして入る人って珍しいと思いますよ。有栖川さんくらいでは?」
そこまで調べてあるのか、手強いな。こりゃ「半井宗」として対応しても無駄だ。
俺たちが二人で話を進めているのが気に入らないらしく、大崎は何か騒いでいるけどとりあえずほっとくか。話の内容は俺の獲物を横取りするなみたいなこと言ってる。獲物、ねえ。ああそうか、つまり。
「なるほど、こんなに早く会うとは思わなかったよ。噂の黒猫さんたちか」
俺の言葉に大崎はビクリと体を震わせ、才華は盛大にため息をついた。
「なんでこの人に情報をブン投げるんですか、まったく。今のがなければ闇バイト斡旋してる馬鹿だと思ってもらう会話に持っていけたのに」
まあいいか、と小さく笑う。自分が出てきてしまった時点で、黒猫を気づかせる材料にはなるだろうと踏んでいたらしい。そりゃそうだろ、こいつが闇バイト斡旋する馬鹿になるわけない。
「つまり何、俺みたいなのを炙り出したかったってことか。潰すため? 裏切らせるため? 意味ないけどな」
先ほどの「半井宗」キャラから完全に俺となって話す。大崎はようやく頭が追いついたようだ。こいつに喋らせると時間の無駄だ。こっちから畳み掛けるか。
「所詮は俺もただの従業員だ。何したって会社にも社長にもダメージがいくわけじゃない。代わりなんていくらでもいる」
これは嘘じゃない。火男さんと話せばわかる、あの人の人間性。他人を絶対に信用しない。重要な情報を他人に渡すわけない。俺は特殊な立ち位置かもしれないが、特別待遇なわけじゃない。ヘマをすれば切られる。今はまだ役に立つから利用してもらってるだけだ。その距離感が俺も丁度いい。
俺のさっきの言葉が気に入らないのか、大崎は「そんなはずねえだろ!」と叫ぶ。なんか相当焦ってる。
「本性はうるさいなアンタ。なんかヘマして、取り返すには今話題の面白演技集団の情報を売り込めば起死回生ってとこか?」
図星らしい、目が泳いでる。才華の前で言われたこともダメージがでかいみたいだ。
「調べるなら普通は情報からだ。会社にはハッキング済み、大した情報がないから人に揺さぶりかける作戦に変更か? 人の方が操りやすいからな。でも、あんたにはちょっと向いてないね」
「あ、それは僕も同感」
「てめえらぁ!」
「ところで岡田商事から連絡きたんですけど。どう責任取るつもりなんだって怒り狂ってました。一応今の勤め先教えておきましたよ、迷惑ですから」
おいおい。それやられたら俺にも影響ある。まあ辞めるけどさ。
「おま、ふざけんなよ!?」
「ふざけてんのはお前だろ、何ヘマしてごまかしてるんだ。ちゃんと自分の尻は自分で拭いてよ。こんなところで呑気におしゃべりしてる場合? 潰した三百万準備できてんの?」
その瞬間、着信音がした。たぶん大崎のスマホで、今働いてる会社からか。会社から会社への連絡は堪える、言い逃れができないから。
しかしスマホを見た大崎は顔色を変えた。あ、こりゃ元締めの飼い主さんからだな。必死に電話で何かを話し始める大崎を尻目に、才華はちょいちょい、と指で駅に向かう道を指差した。仲良くおしゃべりしたくないなあ。でも、必要なことか。まるで仕事帰りの仲間のように二人肩を並べて歩き始める。
「噂の本人なりきりビジネス。そのトップにいるから話題なんです、そちらの会社。魅力的ですけど探るリスクが高すぎるってこと、頭になかったみたいですねあの人」
「敬語いらない。タメ口でいい」
「失礼には値しないって? 光栄だ」
さっきの会話か。まあいいけどさ。なんか自分に敬語で話されてるみたいで複雑だっただけだし。
「アレの目的は情報収集、特に会社のキーパーソンの詳細。火男さん、有栖川さんは有名な割に個人情報がつかめなくて。あなたはそれ以上だ、存在さえ知られていない」
「そりゃそうだろ。俺戸籍ないからな」
「……なるほど、私生児で戸籍は偽物か。限りなく無色透明に近いのに、貴方は色を選ぶわけだ」
同じ、無色透明な人間同士。似ていたけど、まったく違う考え方を選んだ俺達。自分に最も近くて、とても遠くに存在する。なんだか不思議な気分だ。「もしも、こいつと同じ道を選んでいたらどうなっていたんだろう?」なんて。考えても無駄な事を思わず考えたくなってしまう。俺はカバンからノートを取り出した。才華の手記だ。
「返す」
「いらないかな」




