4 こちらからも仕掛ける
俺のことだろうな。そりゃそうだ、そういうキャラで働いているのだから。先ほどまでのフレンドリーな様子とは違ってドスの効いたガラの悪そうな声だ。思っていた通り。いつもニコニコしていて柔らかい雰囲気の社交的な人間など、腹の中が黒いに決まってる。もちろん本当に社交的な聖人のような人もいるが、そういう人は独特の雰囲気がある。いい人なのか、人が良さそうなのを演じているのかは会話をすれば大体わかるものだ。ちょっとした表情、仕草、話の内容。コイツはいかにも取り繕って演技をしていますというのが見て取れた。
『クソが、もう三日しか残ってない』
そこだけ聞いて俺は音を立てないようにその場を後にした。これ以上そこに残っているのは危険だと思ったからだ。おそらくロッカーの中で何かスマホを操作したら出てくると思う。
絶対に何か目的があって俺に近づいてるだろうなと思ったから、一応あのおもちゃを準備してみたけど正解だった。どう考えたって愛想もないし仕事の引継ぎ先でもない奴と会話をしたがっている時点で不自然すぎる。こういう時は大体口車に乗せられそうなやつをターゲットにして、使いっ走りを探している奴だ。詐欺の金の受け子とかな。
俺がもしも次の派遣先が決まっていなかったり、逆に副業をやっていたら金を稼ぐことに貪欲になっていると目をつけたのだろう。要するに金になる話があるんだけど、という誘い文句であっさり乗ると思ってたんだ。
一つ不可解なのはこういう奴って一、二回声をかけて乗って来なかったら諦めるもんだけど。今回は随分と粘っているように思える、闇バイトをやってくれる奴を探してるんだったら素直にSNSで集ったほうが早いというのに。
という事は、目的は俺を使いっぱしりにすることではないのか。途中で目的が変わったという線もあるか。俺に聞いてきた質問の数々も最初は会社についてだった。でも最近は明らかに俺のプライベートがどうなっているのか探るようなことが多い。
そういえば昔有栖川さんが何回か他の会社から引き抜きの誘いがあったって言ってたことがあるらしい。今回の場合は引き抜きじゃなさそうだけど、何を探られてるのかな。使えないって言ってたから、俺個人じゃなくてやっぱり会社目当てか。うちの会社のグレーゾーンの部分を知っていてそこの有益な情報が欲しい。そのために俺を支配下に置きたくて、弱点や金で釣ることができるかいろいろ画策してるってところか。
会社での俺の担当者はそういうグレーの仕事を回してくる人だ。今回の件は一応報告しておこう、たぶん火男さんに行くはずだ。
会社を出てまっすぐ駅に向かおうとしたのだが、案の定大崎が声をかけてきた。しつこいな、というか何か切羽詰まってるんだろうか。余計なことに首を突っ込むつもりは無いから誘いに乗ってやるつもりはないんだけど。
「ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「それ、今じゃなきゃダメですか」
ちょっと対応変えてみるか。今までは淡々と一問一答繰り返してきたけど。今回はちょっと迷惑そうな表情を作ってみる。
「あと三日で辞めるから我慢しようかと思ったんですけど、さすがに言わせて貰います。やたらと俺にモノ聞いてくるのやめてください、会社で困った事はあの会社の人間に相談してください。あの部署に言いにくいなら人事総務とかに言えばいいじゃないですか。俺に言われても困ります」
その言葉に、頭に血が上ったらしく本当に一瞬だけピクリと眉間に皺が寄った。少しすぐに乾いた笑いを浮かべて軽く頭を下げてくる。
「ごめん、迷惑だったね」
「いつの間にかタメ口ですけど、話す時は敬語にしてください。俺別に大崎さんと友達じゃないので。確かに年下ですけど職場ではそういうの関係いでしょ、失礼じゃないですか」
相手によって敬語を使うか気さくに話しかけるか、対応を変えるのは懐柔の第一歩。だけと陰キャの俺にそれは逆効果だ、そんなの話していればわかるのに。探りを入れたり使いパシリを探したり、そういうことこの人向いてないっぽいな。
つまり、何か切羽詰まっていて多少の無茶をしてでも俺に取り入る理由があるってことか。
「あと三日、わからない事は社員に聞いてください」
「あ、いや。その、仕事の話じゃないんだけど」
「それならなおさら聞くつもりないです。仲良しでもないし」




