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1 ブラック企業の派遣先にて

 二つ掛け持ちをしていたうちの片方の契約が終わる。まあまあブラック企業で急に三人辞めたから人が見つかるまでの間働いてほしいということだった。

 派遣会社にまでブラックの働き方を強要することはできない。そういうのは全て派遣会社から労働基準局に報告がいってしまうからだ。一昔前なら平気でやらせていたのだろうが、ありがたいことに今法律は労働者に優しく企業に厳しい。泣き寝入りも減って騒ぎ立ててマスコミを巻き込んだら勝ちだ。

 隠す気もないのか目に見えて俺には当たり障りない普通の業務をさせて、正社員や非常勤は早出や残業が当たり前。そんな状態だから全員しゃべらないし挨拶さえしない。過酷な労働環境なのに辞めるという選択肢を選ばないのは、もうそんなことをする気力もないし考えることさえできなくなっているんだろう。ある程度普通の状態であれば辞めればいいじゃんと思うのだが、この状態になると抜け出せないことが多い。転職には体力と精神力使うからな。


 派遣社員の残業代はかなり高くつく、契約している時給の30%から50%上乗せが普通だ。そのため俺は絶対に残業するなと言われていた。もちろん終わらない分は他の人にその仕事がいくわけで、社員からはもうちょっと効率よくできないかとチクリと言われる。

 要するにお前が終わらない仕事はこっちに回ってくるから死ぬ気でやれと言っているのだ。その考えそのものがブラック企業に毒されているけど。


 もちろん本気を出せば片付けることができる、でもそれをやってしまったら常にその全力を出さなければいけない。契約以上の事はしませんという、中高年が嫌いそうな考え方を貫いているとだんだんそういう事は言わなくなってきたが目の前で嫌味は言われるようになった。わざと聞こえるように言っているのはわかるが、それについて俺が全くリアクションしないのが面白くないらしい。嫌味とか悪口って本人がこたえてなかったら何も意味もないからな。


「半井さん、これ終わってる?」

「三時には終わります」

「もうちょっと早くできない?」

「飯塚さんの仕事後回しにしていいんだったら早くできますけど。確認してもらっていいですか、俺じゃ判断できないので」

「あ、そ。じゃあいい」


 小さく舌打ちをして「使えねー」と言うとその場を離れる社員。飯塚さんとは今の人より上の立場だから何も言えなかったのだろう。俺の目から見ても飯塚さんの仕事より今言われた仕事の方が優先度が高い。

 仕事をしない中年のおっさんというのは、仕事を割り振って仕事をしたつもりになっているからあまり優先順位を考えてない。使えない上司の下に入ると部下は苦労する。が、その上司の姿こそ十年後二十年後の自分の姿だということにもうちょっと早く気づくべきだ。


「半井さん、ちょっと面談するよ」


 飯塚さんがそんなことを言ってきたので、うなずいて会議室に向かった。契約更新に関する話だろう。続けるのか終わるのか知ったこっちゃないが、そういう話は俺じゃなくて担当者である本社の人間と話すはずなんだけど。現場にいる人間と直接交渉するという、今時の働き方が追いついてない人だ。

 話を聞いてみると案の定契約の話だったのだが、次の働き手が見つかったので契約更新はしないということだった。そんなのわざわざ俺に言わなくてもいいのになと思っていると。


「それでね、君の仕事そのままその人に引き継いでほしいんだ」

「引継ぎは社員の仕事だと思います」

「社員とか派遣とか関係ないよ、今やっている担当の仕事そのものを次の人に渡すのは普通のことだよ」


 普通、ねえ。もうちょっと環境がよかったらそれもやるんだけど、ここでやる気はないな。


「それなら俺が辞めるまでの業務の棚卸しをお願いします。今抱えているものが契約終了までに終わらせたほうがいいのか、次の人に渡すべきなのか」

「それはリーダーさんに聞いて」


 今リーダーよりも偉い人に聞いているんだけど。ここまで清々しい頭の空っぽさ具合だとむしろ笑えてくる。会話をするだけ無駄というやつだ。


「分りました」


 それだけ言って俺は部屋を出る。そしてその内容をそっくりチームリーダーに話すと、ものすごく迷惑そうに顔をゆがめた。俺にじゃなくて飯塚さんにだろうけど。


「今やってることそのまま全部その人に引き継いで。別に終わらせなくていいから」


 それ、仕事してる意味ある? というのは、この場にいる誰もがわかっているだろう。何の生産性もない、昔からやってるからとりあえずやる。そんな感じの仕事が半分以上を占めている。それをやるやらないの決定権はさっきのおっさんだ。


「分りました」

「ちなみにどんな人が来るって聞いてる?」

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