3 風間の思い
情報化社会となった今、SNS発信一つも命取りだ。何か怪しいと思えばすぐに情報発信されてしまう、裏の仕事などあっという間に表に晒されてしまう。もしそうならその辺の事情を知っている者の協力が絶対に必要なはず。キラキラした部分しか映していないテレビと違って、裏社会とのつながりや黒い噂をよく知っている者たち。それは身内のほかない。それをあぶり出すには確かに正攻法は無理か。
「芸能界に身を置いてない人間の協力が不可欠だ。演技力抜群の、な。この動きには当然リスクがでかい。俺は今の事務所を辞める覚悟がある、それだけのシナリオも準備した」
風間さんの目は本気だ。他の人が思っている以上に、旅立ってしまった同期の人への想いは強い。自分より格上の実力を持った人が亡くなったことに対する喪失感と、俳優を辞めるに辞められなくなったという葛藤もあるのかもしれない。それは、わかる。だが。
「話の腰を折って悪いんですけど一つ聞いていいですか」
「おう」
「風間さんにとって、俳優っていうのはやりたくてやってることですか。それともやらなきゃいけないことですか」
俺の言葉に一瞬空気が冷えた。俺もわかってて聞いたんだけど、この質問はたぶん風間さんにとって一番痛いところだ。
「嫌なこと聞くね、お前」
「大切なことです。どんな事情があれ、目標を持ったり応援してもらって嬉しい楽しいという気持ちがあるのなら続けるのも辞めるのも自由です。でも」
これを言っていいかどうかちょっと迷う。間違いなくこの人の触れて欲しくない傷をえぐるような言葉だからだ。でも、俺自身の正直な思いを伝えておこうと思った。別に友達ではないしいつ連絡が途絶えてもおかしくない人だ。何となく気が向いたからという理由で海外にでも行きそうだし、言いたいことを言えるうちに伝えておきたい。
「俳優や生き様を『とめる』理由付けのために今回のことをやろうとしているんだったら俺は絶対に協力しません。あなたの同期の人、いまだに名前を知りませんし正直そこまで興味もない。でもあなたがもしそれをやるなら、俺は初めてその人を可哀想だって思います」
そこから何分か沈黙がおりた。風間さんはその言葉をまるでゆっくりと咀嚼して飲み込むこのように。古いワインのテイスティングをしているかのように、静かに宙を見つめている。
「……嫌なこと言うね、お前」
「あなたを尊敬しているからこそです」
俺らしくもなく珍しく語気が強くなる。他人に興味なんてないけど、この人は別だ。今、自覚した。
「今のあなたならきっと死神が喜んでおしゃべりに来ますよ。旅立つ準備ができたんだね、なんて笑いながら。美味いコーヒーでも携えて」
「そっか。やっぱりお前もそう思うか」
いなくなったライバルであり友であり大切な人の見た風景が一体何なのか、それが見たくなったのかもしれない。どれだけ頑張ってもその人と同じ風景は見れないとわかってしまったんだ、だから今回こんな無謀な事をやろうとしている。どれだけ俳優業をしていても、嬉しさや達成感より虚しさが上回ってしまった時はたぶんそこが到達点。そういうのを嗅ぎつけるのが上手いあいつは絶対にやってくる。もう高みの見物をしているかもしれない。
「風間さんがやりたいならやればいいと思います。あなたの答え次第で俺が協力するかどうか今決めさせて貰いますけど。あと」
「あと?」
「答え次第ではコーヒーが美味かったあの人の店。一緒に行こうと思ってましたけど俺一人で行きます」
そこまで言うと、とうとう風間さんは声を上げて笑った。子供のようなケラケラとした明るい声だ。
「変な奴だと思ってたけど、なんやかんやすげえ優しいよなお前」
「今の聞いてどうしてそう思うんですか」
普通性格が悪いと思わないか。
「ホント、思い留まらせるのがうまいな。誰かに引き留めて欲しいなんてこれっぽっちも思ってないのに、その考えを根本からひっくり返す。真正のタラシってマジでコエーわ」
「前半の意味はわかりませんが、とりあえず最後の言葉は俺を褒めてないのだけは分りました」
「褒めてるよ、捉え方では侮辱とも取れるかもしれないが。人が人を惚れさせるのは最大級に褒め言葉だ。恋愛感情以外で惚れるってまあないだろ。こんなことできるのあいつくらいだと思ってた」
別にその人を俺に重ねていたわけじゃないしそんな事は絶対にしないだろう。この人にとって大切な同期の人はもはや枠の外にいる。素直に驚いてるって感じだ。
「その質問に対する答えは保留にさせてくれ。今まとめることじゃない。……もう一回じっくり考えたい」
「わかりました。少なくともやらなきゃいけないこと、っていう返事じゃなかったので俺も保留にします」
「シナリオのオチを変える。引っ張り出して一発ブン殴って、今度舐めた真似したらバラバラにして富士山に散骨だって言うだけにしとくかな」
「富士山登頂するのしんどいんですけど」
「俺はしんどくないな、たまにやるから。あと突っ込むべきはバラバラにして散骨、のとこだ」
「……そういえばそうでした」
しまった、つい素でツッコミしてた。たしかにそっちじゃなかったな。
「何の後ろ盾もない俺が言っても本当にただの恐喝罪で終わるかもしれんが、まあいいさ」
「叩いて埃やボロが出るのは相手です。黙らせる方法なんていくらでもあります」
「うん?」
「役者でしょ、風間さん」
「それはつまり演じてみせろってことか」
相手が二度とこいつに関わりたくないと思うような人物を。この人は絶対にそれができる。なぜならそれほど守るものが多くないからだ。恋人がいるかどうかは知らないけど、家庭を持っていない、金に貪欲なわけでもない、地位や命は自分の人生の為なら捨てる覚悟がある。こういう人には脅しも甘い言葉も絶対に通用しない。
「とりあえず今の等身大の俺でできることをやってみるか。頭がイカレてる奴らを口説くのは初めてだな」
惚れさせるというのは恋愛感情だけじゃない。尊敬、憧憬、慕われるという意味では簡単かもしれないけど。意識せずにはいられないくらい注視させるのは至難の業だ。最近はメンタルが未熟な奴が増えたからそれほど難易度が高くないかもしれないが。




